どんぐりからの手紙 

−第1話〜第16話−




第1話 咲子

 私は長野県の出身で、実家はレタス、人参、大根などを作る野菜農家です。両親の他、兄弟は9歳年上の姉が一人いるだけで、私は幼少の頃から家業を継ぐ様に言われ育ちました。姉は電子部品工場に勤務する男性と結婚し、夫の東京本社への転勤により、現在は東京で専業主婦となっています。田舎が嫌で都会暮らしに憧れていた私は、今からおよそ25年前、工業高校の電気科を卒業後、学校の先生の勧めで、東京郊外にある小さな家電部品製造工場に就職しました。当時の両親は、世間を知らないまま私を田舎に置いてしまうよりも、一度、よその暮らしを経験させ、将来、戻って来て家業を継いでくれたらいいと願っていました。
 就職で東京に出て来た私は、姉、由美の家の近くにアパートを借り、生まれて初めての独り暮らしを始めました。会社には自転車で通えるほどの距離で、当時は毎日、アパートと会社の往復だけの日々が続きました。私が通っていた会社では、テレビの部品を造っていました。その会社の工場にある製造ラインでも、毎日、毎日、同じ作業ばかりが繰り返されていました。仕事を覚えるまでは自分の手がけた製品が、世の中に出て行くことを想像し、一生懸命に働いたものです。しかし、半年もすると、製造ラインの単調さに物足りなさを感じ、早く一日が終わらないかと思いながら作業に従事すると言った無気力な生活に入って行きました。特に将来の夢と言ったものが無いままに東京に出て来た私でしたが、当時の私にとって唯一の楽しみは、仕事が終わった後にする草野球チームの練習でした。私は小学生から高校卒業まで、野球をしていました。甲子園に行くのが夢でもありました。しかし、高校自体がそんなレベルではなく、夢叶わぬまま卒業をしました。

 それはある夏の日の夕暮れの出来事でした。当時の私は、夕方5時に工場での仕事が終わると、残業もする事無く家路についていました。早く帰ったからと言っても別にすることもなく、仕事でも私生活でもつまらない毎日を送っていました。その日私は仕事帰りに、たまたま通りがかったグランドで野球をしている人たちを見ていました。皆、決して上手いとは言えないレベルでしたが、誰もが大きな声を掛け合い、とっても楽しそうに見えていました。そんな時、外野レフトの後方で見ていた私の足元に、守備練習で取れそこなったボールがコロコロと転がって来ました。私はそのボールを拾い上げると、高校時代の野球部での練習を思い出しました。野球を辞めて一年も経たない私の身体は、まだボールの感覚を覚えています。私は思わず、
「ヘィ、キャッキャー」
と叫び、力いっぱいバックホームをしてしまいました。その時の私の球筋に衰えはありません。バックホームはワンバウンドの好返球になりました。そこで野球の練習をしていたチームのメンバーは、皆、私と同じ様に殆どが工場勤務の人々でした。彼らは、作業服姿の私を見て、すぐ、自分たちの仲間だと感じたのでしょう。私は一言二言、彼らと言葉を交わしただけで、すぐさま、そのチームに溶け込んで行きました。

 相変わらず、単調な仕事と、草野球で明け暮れていた私は、22歳の年になっていました。もうすぐ、大型連休が来る、四月の半ばを過ぎた頃でした。短大を卒業したばかりの一人の女性が経理の職場に入社してきました。男ばかりの工場の中で、女と言えば五十歳を過ぎたであろう元気過ぎる程のパートのおばちゃんたちぐらいでしたので、その若い女性は皆の注目の的となりました。

「今度、入ったあの子、二十歳だってさ」
「なんで、また、こんな会社に来たんだい?」
「社長の知り合いの娘さんらしいよ」
「たぶん、社長、坊っちゃんの嫁さんにするつもりなんだよ」
「へぇー、でも、社長の坊っちゃん、プー太郎じゃないか・・・」
「今はプー太郎でも、次期社長だよ!」
「あのどら息子に、この工場任せて大丈夫なのかねぇ・・・」
「ツヨシ、お前、早めに転職した方が良さそうだよ」

 休み時間になると、パートのおばちゃんたちからは、こんな会話が聞こえて来ていました。その20歳のお嬢さんは、咲子と言い、背が高く、折れてしまいそうにほっそりした身体の女性でした。かなりの美人で、会社に来る出入りの業者やお得意さんたちは、彼女と話をしたいが為に、なかなか帰ろうとしなくなりました。誰とでも爽やかに会話が出来る、笑顔が素敵な咲子と言うその彼女は、私とは全く住む世界が違う女性であると、私は思っていました。
 社長の一人息子は、私よりも2歳年上で、当時は24歳でした。大学を6年で卒業し、外国旅行の好きな青年でした。特にインドが気に入っているらしく、数週間もインドから帰って来ないのはザラでした。彼も私とは住む世界が違う様に思えました。同じ職場で働くパートさんの話によると、社長は、坊っちゃんが結婚すれば本気を出して家業に精を出すだろうと思っている様子でした。
社長は咲子が、大のお気に入りでした。社長は会社の内情を全て彼女に教え込んでいました。得意先周りにも、社長は咲子を秘書として連れて行っていました。周りから見ていると、
「彼女がいつ、若社長の若奥さんになってもおかしくはない」
と言った印象がありました。しかし、そんな社長の願いとは裏腹に、社長の坊っちゃんには結婚するなんて意識が全くありませんでした。

 私のいた草野球チームは、20人ほどの集まりでした。別に監督もコーチもいません。メンバーの一人である高田さんという55歳の方が、なんとなくチームをまとめていました。その方は私の勤務する工場と同じ地区にあるメッキ工場の社長さんでした。野球が大好きで、
「自分の息子ぐらいの連中相手にノックするのが楽しいんだ」
と言っていました。会社はすでに息子さんが仕切っていて、
「安心して野球に専念出来るよ」
と言っていました。私の会社の社長が聞いたら、さぞ、羨ましがることだったでしょうか。
毎年秋になると、商工会議所が主催する野球大会があります。我々のチームは、今まで毎年一回戦で負け、それ以上勝ち抜いたことなどありませんでした。チームのピッチャーをしていた方が、家業を継ぐというので、田舎に帰ってしまったことにより、今年は私が先発ピッチャーに選ばれました。そして、毎年の様に「今年こそは」と、皆、張り切っていました。
 
 9月に入り、野球大会の日が来ました。一回戦の相手は、大手家電メーカーの関連会社です。私の勤務する会社のお得意さんですが、相手側は誰も私の事など知っている人はいません。応援には、メンバーの会社の同僚たちが大勢来てくれました。しかし、私は自分の会社の人たちに、試合の事など何も言っていませんでしたので、私の会社からは、誰一人とも応援に来ていません。毎年、試合が終わったら近くの河川敷でバーベーキュー大会をします。今年もそれをする予定でした。その日も例年通り、高田さんの奥さんが、おにぎりを山の様に作って来てくれました。
 さあ、試合開始です。先攻の我がチームは、三者凡退でした。一回の裏、我々は守りに入りました。私は緊張と言うよりも、ワクワクした気持ちでマウンドに向かいました。主審の「プレイボール」の掛け声の後、私は振りかぶって第一球、全力投球です。
「ストライク !」
 審判の大きな声が、グランド中に響き渡りました。チームメンバーをはじめ、我が応援席は、お祭り騒ぎでした。試合は、誰もの予想に反し、接戦でした。5対4でリードのまま、九回まで来てしまいました。私は続投をしていました。九回裏の相手チームの攻撃です。2アウト、ランナー二塁です。あと一人、アウトを取れば、一回戦突破です。しかし、我がチームは守備が問題でした。もし、ボールがバットに当たりでもしたら、どうなってしまうかわかりません。私は是非とも三振で討ち取りたい気持ちでいっぱいでした。自分の気持ちを落ち着かせようと、私はふと、相手チームの応援席に目が行きました。なんと、そこには咲子がいたではありませんか。私は今まで、咲子の存在に全く気付いていませんでした。咲子は私を見つめ、軽く会釈し、確かに「ガンバッテ」と言った口の動きが判りました。そして、微笑みながら両手を握り締めています。

「なんで、あの子がここにいるんだ」
「俺の事、見ているぞ。いったい、どっちを応援してるんだ」

私の心は動揺したのでしょうか、ストレートでフォアボールを出してしまいました。更に、次のバッターにも、ノースリーのカウントとなってしまいました。さあ、2アウト、1、2塁です。私は最後の力を振り絞って全力投球でボールを投げました。その球は、ど真ん中のストレートです。球は、胸の真ん中に構えたキャチャーのミット目がけて吸い込まれて行きます。しかし、そんな絶好球をバッターは見逃しません。打席で私をにらみつけていたバッターも、こん身の力で球めがけ、バットを思いっきり振りました。なんと、私が全力で投げた球は、バットに当たりました。しかし、その打球は、ボテボテのショートゴロでした。
「よし、やったぞ」
と、誰もが思った瞬間、なんと、ショートのトンネルです。ボールは無情にもレフト方向にコロコロと転がって行きます。二塁ランナーは三塁を回りました。このランナーがホームを踏めば同点です。でも、すでにレフトがボールを拾う体制をしていたので、その時点では、誰もが延長戦を期待していました。しかし、あろうことか、今度はレフトのお手玉です。それを見ていた一塁ランナーは、つかさず三塁ベースを回りました。そして、とうとう二人がホームを踏みました。その年の我々の大会は、それで終わりとなりました。
 チーム仲間も、応援してくれた人々も、この試合をとても喜んでくれていました。褒め称え、喜び合う人はいても、プレーを非難する人は一人もいません。チームがリードしたまま九回まで進んだのは、皆にとって初めての経験でした。試合に負けたとは言え、いつもの楽しい野球でした。試合後に河川敷で開かれたバーベーキュー大会は、野球以上に盛り上がり、とても楽しい一日でした。

 翌日、私はいつもの様に会社へ出勤し、いつもの様な作業に入りました。昼休み、会社の花壇横の芝生の上で独り横になっている私の元に、紙コップに入ったコーヒーを二つ持って、咲子が現れました。

咲子 「一緒にコーヒー、飲みませんか?」

剛  「・・・」

咲子 「きのうは、素敵でしたよ。私、びっくりしましたよ」

剛  「・・・」

咲子 「とても野球、お上手なんですね。相手のチームの人たち、皆、森田さんの投げる球、打つのに苦労されていたみたいですよ。けっこう永い間、野球、やられていたんですか?」

剛  「ええ、小学生の時から高校まで、ずっと野球ばっかりでした」

咲子 「それじゃあ、女の子とデートする時間なんて、なかったでしょう?」

剛  「僕は彼女なんていませんでしたけど、しっかり彼女作っている仲間もいましたよ。勉強も一生懸命やって、大学に進んだ仲間もいましたけど、僕は特に勉強もしなかったなぁ・・・」

咲子 「いつから、あのチームに入ったんですか?」

剛  「もう、四年も前ですね・・・。今の僕の唯一の楽しみになっていますよ」

 咲子が私と同じ目線で話をしてくれるなんて思ってもいませんでした。私は、緊張していました。噂とは全く逆で、全然、気取っている様子も無い咲子に、私は好感を抱き始めていました。

剛  「きのう、僕、九回の裏まで、全然、君の事、気付かなかったけど、ずっといたんですか?」

咲子 「ええ、私、初めからいましたよ。私も、森田さん、マウンドに上がるまで、全然気付きませんでした。初めは、似ている人だなってくらいにしか思っていませんでしたのよ」

剛  「あちらのチームにお知り合いの方、いたんですか?」

咲子 「いいえ、父があの会社に勤めているんで、無理やり応援に狩り出されただけなんですよ。ですから、チームの人たちとは、あの日に始めて会っただけなんです。私独り、森田さんのこと、応援しいて、森田さんが三振とった時なんか、手を叩いちゃったりして、みんなに変な目で見られちゃった」

 咲子の父親は、大手家電メーカーの社員で、前日に対戦した相手チームの会社へ、役員として出向しているそうです。私と咲子は、二人、芝生の上に腰をおろし、食後のコーヒーを飲みながら前日の試合を振り返っていました。

咲子 「今度、私、森田さんのチームの応援をしに行きますね。練習も見に行っていいですか?」

剛  「もちろんですよ。君の様な若い女性が応援に来てくれれば、みんな大喜びですよ。間違いなく、試合、勝っちゃうよ。でも、そんなことして、社長の坊っちゃん、いい気しないんじゃないですか?」

咲子 「ふふふ・・・。森田さんまで、噂を信じているんですか?」

剛  「うわさ? 君、坊っちゃんの婚約者じゃないんですか?」

咲子 「まぁ、ご想像にお任せしますね・・・」

 私は、咲子が野球の試合の応援に来るなんて、本気で思ってはいませんでした。私が咲子とこんな話をしていると、午後の仕事の始業ベルが工場の敷地に響き渡りました。

咲子 「あっ、その紙コップ、私、捨てておきますよ」

剛  「いや、べつにいいですよ」

咲子 「そんな遠慮、しないでいいですのよ。これからも、色々なお話、聞かせて下さいね」

 私がコーヒーを飲み終えた後、空になった紙コップを咲子が捨ててくれるとのことです。その時の私にとっては、なんともったいないお言葉であったでしょうか・・・。差し出した咲子の指が、空の紙コップを持つ私の指に触れました。初めて見る咲子の指は、細く、長く、白く、吸い込まれそうな肌をしていました。ピンクの口紅と同じ色のマニキュアは、その美しさをよりいっそう引き立たせて見せてくれました。私は、工場内に入り際、振り返ると、事務所棟に向う彼女もまた振り返り、私に笑顔で答えてくれました。

 作業ラインに付き、仕事を始めた私に対し、向かい側にいた元気の良いパートのおばちゃんが私に言いました。

「ツヨシ、なに、ニヤニヤしてんだ?」

 たぶん私は、とてつもなく幸せな気分でいたのでしょう。この時の咲子との会話をきっかけに、私と咲子は、よく言葉を交わす仲になって行きました。


第2話 交際

 23歳の頃になると、私は製造ラインから、原材料の仕入れ担当に配置転換されました。毎日の単調な労働から一転、検品や仕入れ交渉など、重要な役割を担う事になりました。そうなると、もう、帰りが遅くなることもあって、なかなか野球をする時間が取れなくもなってしまいました。同時に、総務、経理担当の咲子とも、仕事上で接する場面が多くなりました。一見、お嬢様風の咲子は、けっこう自分の意見を曲げない頑固な性格の持ち主でもありました。仕入れ値や支払い条件をめぐって、たまに私と意見が衝突することもありました。そんな時の後、私は必ず、彼女を食事に誘い出しました。仕事帰りに二人で行く場所は、草野球チームのメンバーが大将を勤める焼鳥屋さんと、決まっていました。

 私が初めて咲子を食事に誘った日です。その日は、私が仕入先の支払い条件を勝手に変更したことで、咲子と意見の衝突がありました。

咲子 「だめよ、現金払いは十万円までって決まっているでしょ・・・」

剛  「相手も資金繰りが厳しいんだよ。とりあえず、今月分だけなんだから、そのくらいいいじゃないか」

咲子 「資金繰りの厳しいのはうちの会社だって同じでしょ?」

剛  「うちの手形のサイト、長すぎるんだよ。今の時代、下請けさん、みんな困っているよ。切羽詰った状態になっている下請けさんもいるんだよ」

咲子 「支払い条件、飲めないんなら、別の下請けさんに仕事回せないの?」

剛  「君は、よくも、そんな冷たいことが言えるね。今まで、無理を聞いてくれた人たちなんだよ。急な納期変更でも、皆、家族総出で徹夜して納品もしてくれたんだよ。俺にはそんな人たち、裏切ることなんか出来ないよ。君なら平気で出来るかもしれないけどね・・・」

 私と、経理を任されている咲子とは、会社で置かれている立場が違います。こんな意見の衝突があるのは、当たり前のことなのでしょう。でも、私たちは常に互いを信頼し、自分たちの意見をぶつけ合っていました。

剛  「咲ちゃん、さっきは言い過ぎちゃったね。ごめんね」

咲子 「いいえ、森田さんの考えでお得意さんと信頼関係が出来るんだから、気にしなくてもいいのよ」

剛  「ところで、この近くで、野球仲間がやっている焼鳥屋さんがあるんだけど、帰りに寄ってみない? もし、門限が厳しいんだったら、その時間までには無事に送り届けるからさぁ」

咲子 「別に門限なんてものは、ございませんことよ」

剛  「じゃあ、決まりだ。今日は残業、無しだよ」

 私も咲子も、会社の人と飲みに行くことは初めてでした。そして、二人とも同僚の目なんて気にする事も無く、一緒に会社を出て、目的のお店に向かって歩き出しました。
 
剛  「お疲れ様でした〜。・・・労働の後のビールは最高だね〜!」

咲子 「ほんと、ほんと」

 カウンター前で私の横に座った咲子は顔に似合わず、けっこうジョッキをぐいぐいと飲み干して行きました。いつしか二人はすっかり仲のよい友達の関係になっていました。

剛  「どうして咲ちゃん、うちの様な会社に入ったの?」

咲子 「私ね、将来、自分のお店を持つのが夢なんだ。その勉強のつもりで、経理とか、経営の事を知りたくて、父に頼んだの」

剛  「な〜んだ。じゃ、社長の嫁さんになるんじゃないんだね」

咲子 「当たり前でしょ! でも、社長がどう考えているのか知らないけど・・・」

剛  「だけど、いったいどんなお店なの?」

咲子 「簡単に言えば、アンティークショップみたいなものかな」

剛  「骨董屋さんなんだぁ。お宝並べて、自慢するんだね?」

咲子 「ふふふ・・・、そうかもね・・・。でも、仕入れが難しくって・・・」

剛  「古い物だったら、俺の田舎にたくさんあるよ。ちゃぶ台やボンボン時計に、たんす、それと、ランプでしょ、臼や杵、あとは・・・オヤジとおふくろ・・・」

咲子 「すっご〜い !  それ、全部、予約 ! 予約 !」

 こんな風に、咲子には将来、アンティークショップを出したいという夢がありました。その為、まずは経理の実践勉強をする目的で、父親の友人が経営し、私の勤めているこの会社に入ったそうです。将来、社長の坊っちゃんの嫁さんになるという話は、社長の勝手な願いが大きくなって噂話になっただけだったそうです。ですから、時期が経つにつれ、会社では、そんな噂話も話題にすらならなくなって行きました。
私たちは仕事上の衝突が無くても、一緒に焼鳥屋さんに立ち寄る回数が多くなりました。咲子の将来の夢を聞いているうちに、それは私の夢にもなって来てしまいました。そして、いつしかは、私たちの同じ夢に発展して行きました。その日も、いつもの焼鳥屋さんで、いつも座るカウンター前の席でした。

剛  「咲ちゃんは、古い家具のどんなところに惹かれるの?」

咲子 「そうねぇ・・・、あの黒光りした鉄の重い取手でしょ、それに、全体の形と言うか、その物の歴史と言うか、その家具が語りかけてくる様な、あの雰囲気がたまらないのよね・・・」

剛  「俺なんか、生まれた時から見ているから、特別、感じた事無いけど、どれもこれも、俺たちよりずっと、ずうっと年上なんだよなぁ・・・」

咲子 「そうなのよ・・・。物言わぬ人生の大先輩みたいなところ、そばにいるだけで心が落ち着くところ、あるのよねぇ・・・」

剛  「でも、もったいないよね、そんな役割を担うことが出来る古い家具たちが、陽に当たることもなく、使われずに納屋で眠っているんだから・・・、それも、かなりな数が・・・」

咲子 「その古い家具たち、私たちで、私たちの力で、新しい命、吹き込んであげない?」

剛  「賛成! それ、俺も手伝うよ、一生を掛けてね・・・」

咲子 「あれ? それって、もしかして、プロポーズ?」

剛  「まあね!」

咲子 「ありがとう! なんだか、とっても シ・ア・ワ・セ・・・」

咲子は一人っ子でした。でも、咲子の両親は、

「二人揃って、同じ夢を生涯追いかけて行けるのならば、自分たち親のことは気にせず、一緒になったらいいじゃないか」

 と、私たちの結婚に賛成してくれました。

 私は咲子を長野県に住む両親に会わせる為、レンタカーを借り、二人で実家に向かいました。その日の咲子の一番の楽しみは、古い家や納屋に眠っている使わなくなった古びた家具を見ることでした。実家に着くなり、古い家の奥の方から「ボーン、ボーン」と、柱時計の時を知らせる音が響いてきました。

咲子 「うぁ〜、すっご〜い。ねぇ、ねぇ、あれ、ほしい〜」

父  「咲子さんは、ああいう物が好きなんだねぇ。いいから、持って帰りな」

剛  「だめだよ。アパートで夜中にあんな大きな音出したら、隣から苦情が出ちゃうよ」

咲子 「そっか〜・・・、残念!」

母  「いつでもここに来ればいいじゃない。 好きなだけ居たらいいよ」

  私は子供の頃によく遊んだ、裏山の雑木林に咲子を連れ出しました。咲子にとっては、見るもの全てが新鮮でした。私はかつて、こんな田舎が大嫌いでした。早くこんな田舎を脱出して都会に行きたいとばかり思っていました。別に都会に行って何かをしたいといった目的も無いのに、早く東京で暮らしたいと願っていました。しかし、故郷を離れ、都会暮らしが長くなるにつれ、田舎暮らしが最高の贅沢である様にも感じてきていました。特に自然の中で、はしゃいでいる咲子の姿を見ていると、故郷の大切さを感じないわけにはいきませんでした。咲子は、私の生まれ育った故郷にある白樺林の中を散歩するのが好きでした。彼女は小さい頃から都会暮らしでした。その為か、雪解け水のせせらぎの中、白樺の木々を抜け、水芭蕉の群生地に向かう風景をとても気に入っていました。私は、楽しそうに森の中を駆け抜けて行く咲子の姿が好きでした。そこでは、暖かな春風を切って走る咲子の美しさが、よりいっそうに光って見えました。
  そして、私たちは、白樺林に囲まれた教会で、二人っきり、永遠の愛を誓いました。私は25歳、咲子は23歳の秋にさしかかろうとする頃でした。
 


第3話 悲しみ

  休日になると、私たちは二人っきりで旧中仙道を散策したものでした。黒光りした大きな大黒柱のある古い家を咲子は好んでいました。そんな旧家を利用して喫茶店にしているお店に入り、よく五平餅を食べたものでした。
「こんな家に住んでみたいな・・・」
という咲子に、私は、
「毎朝、かまどで、ご飯を炊いてくれるのかな?」
と言い、二人で笑ったものでした。
 そんな風に、古い物をこよなく愛する咲子は、私の実家にも喜んで行きました。私の父や母とも仲良くしてくれました。私の実家も古い農家です。咲子は、囲炉裏を囲む暮らしにも憧れていました。また、「このまま、ここで暮らしたい」とも言っていました。都会暮らしの経験しかない咲子には、農家の生活は無理であると、誰もが思っていましたが、実家裏の冷たい湧き水で、一生懸命に大根を洗う咲子の姿には、偽りの無い咲子の心が感じられていました。

 結婚して二年後、私たちには息子の隆が生まれました。咲子は隆を身ごもったのを機会に、会社を退職し、専業主婦となりました。咲子はお菓子作りの上手な、優しいお母さんでした。私の母は、お菓子作りなど洒落たことは一切出来ません。でも咲子は、クッキーやケーキを意図も簡単にこしらえてしまいました。おやつと言えば、きゅうりやトマトばかりだった私の幼少時代とは全然違います。我が家では、咲子の焼いたクッキーの甘い香りを絶やすことはありませんでした。隆は、咲子が焼いたいろんな形のクッキーをいつも喜んで摘んでいました。
 そんな咲子でも、アンティークショップのお店を出す夢は、諦めていませんでした。そして、小さな隆の手を引きながら、出店地を探していました。
「お店を出すのもいいけれど、隆も手が掛からなくなってきたし、そろそろ、二人目の子供が欲しいなぁ・・・」
と言っていた頃でした。春だというのに、風邪がなかなか治らない咲子が病院に行ったところ、すぐさま、検査入院となってしまいました。検査結果によって告げられた病名は、「急性骨髄性白血病」でした。私は独り、医者に呼ばれてその病名を告げられましたが、私にはさっぱり分かりません。それでも「白血病」と言うものは、かなり恐ろしい病気であるということだけは知っていました。この病名を咲子に告げるには、なんと辛いことだったでしょう。でも、咲子には覚悟が出来ている様子でした。彼女はカンの鋭い、賢い女性です。病名を聞いても、うろたえもせず、精一杯の笑顔で答えてくれました。

咲子 「しょうがないよ。頑張るしかないんだから・・・。ごめんなさいね」

剛  「なんで謝るんだよ。そんなこと、言うなよ。絶対に治そうよ。一緒に・・・」

「今の時代、医療は大きく進歩しています。白血病でも、かなりの高い確率で治る可能性があります」
と言う医者の説明を信じながら、咲子の入院、治療が始まりました。

  当時の隆は、まだ、4歳で、母親の愛情を常に欲しがる年頃でした。子育てを全て咲子に任せていた私は、咲子の身を案じつつ、隆の面倒をどの様にして見て行こうか、途方にくれていました。そんな中、運良く、会社のパートさんの紹介で、隆を預かってくれる保育園が、私の勤務する工場の近くに決まりました。私は毎朝、隆を保育園に預け、仕事が終わったら隆を迎えに行くといった毎日が始まりました。また、私の姉夫婦は、私の住むアパートからさほど遠くない場所に住んでいましたので、私が残業の時などは、私の姉、由美が隆の面倒を見てくれていました。
  入院当初の咲子は、日に日に痩せて行き、私はそんな妻の姿を隆には見せることは出来ませんでした。隆のことを気にしている咲子に、私は、
「隆の事は心配するな。君は、治療に専念しなさい。頑張れ。頑張るんだ」
と、私は咲子に励ましにもならない言葉を言うことしか出来ませんでした。隆の書いた絵や手紙を咲子に届け、寛解治療中の辛そうな咲子を見ると、私の胸は張り裂けそうな気分でいっぱいでした。この世に神様というものが存在するのであれば、どうしたら私の願いを聞いてくれるのでしょうか。何回、神社にお参りを繰り返せば、咲子に健康な身体を返してくれるのでしょうか。願いを叶えてくれるのであれば、神様、私は1〇万回でも、1〇〇万回でも、貴方に手を合わせます。

  数ヶ月に及ぶ、辛い治療に耐え抜いた咲子も、ようやく体調が安定するまでに回復してきました。私も隆も、咲子のベッドの横にまで、近づける様になりました。顔色も好くなってきた妻の元には、元気な隆も安心して見舞うことが出来る様になりました。

剛  「駅前通り商店街に、端っこの方だけど、空き店舗があるんだ。お店を出すには、いい場所だと思うけど・・・」

咲子 「そうね。私も前から、あの辺りがいいなと思っていたのよ」

剛  「じゃあ、決まりだね。咲子の夢、叶う日が来たね」

咲子 「ありがとう。でも・・・」

  ある日曜日でした。五歳になったばかりの隆は、まだまだ母親の愛情を求める年頃です。隆は咲子のベッドの横にちょこんと座り、静かに妻から絵本を読んでもらっていました。咲子の片手は、隆の小さな手を握り締めていました。時々、微笑みながら隆を見つめる咲子の目には、涙がいっぱい溜まっているのが解りました。私は、そのつかの間の幸せな光景をじっと眺めていましたが、溢れ出しそうな涙をこらえ、そっと廊下へと出て行きました。足元には、真黄色に色づいたイチョウ並木の間から、オレンジ色の夕陽が長く差し込んでいました。

剛  「そろそろ帰るね。ゆっくり休むんだよ。もうすぐ退院だよ」

咲子 「うん・・・」

隆  「バイバイ・・・」

咲子 「バイバイ・・・」

  言葉少ない咲子を独り病室に残し、私は隆の小さな手を引いて、病院を後にしました。その帰り道、私と隆はマクドナルドのハンバーガーで夕食を済ませた後、アパートへと帰りました。私は隆を寝かしつけ、缶ビールを冷蔵庫から取り出そうとしたその時です。急に冷蔵庫の横に置いてあった我が家の電話が鳴り出しました。私はなんとなく、受話器を取ることをためらっていました。鳴り続ける電話が五回ほどベルを鳴らした時です。私は恐る恐る受話器に手を伸ばしました。それは、やはり病院からの電話でした。咲子の様態が急変したとのことです。すぐさま、私は寝付いたばかりの隆を抱き上げ、走って駐車場に置いてあった自分の車に乗り込みました。

「さっきまで、あんなに元気だったのに、どうしてなんだ。咲子、頑張れ。頼むから、頑張ってくれ」

そんな願いも届く事無く、私と隆が病院に着いた時には、すでに咲子の顔には白い布が掛けられていました。私はまだ温もりの残っている咲子の手を握り締め、何度も、何度も、名前を呼びました。彼女の頬に手を当てて、名前を呼び続けました。しかし、咲子の目が、もう一度開くことはありませんでした。奇跡が起きることなんて、私たちの場合には、全くありませんでした。妻、咲子は、30歳という若さで、当時五歳の隆を置いて、私にも、幼い隆にも決して手の届くことがない遠い所へと旅立って行ってしまいました。

 私は弔問客に気を使いながら、夢を見ているかのごとく、妻の葬儀を終えました。
「悪夢であったら、早く覚めて欲しい」
 私は、そう願い続けてもいました。まだ5歳の隆には、母親の死ということをどの様にして説明したらよいのでしょうか。葬儀中、親類の子供と一緒になって、はしゃいでいる隆の姿は、参列者の涙を誘っている様でした。そして、誰もそんな光景を止めるなんてことは出来ませんでした。
咲子の初七日が過ぎました。私の横で眠る隆は、咲子が入院した日以来、母親の枕を抱いて寝ています。そんな隆が抱いている咲子の枕は、隆自身の涙で、びっしょりと濡れていました。私は、隆が物心ついた頃から

「隆は男だ。男は強いんだ。泣かないんだ」

と、言っていました。そんな言葉は、まだ幼い五歳の子供にとっては、辛い思いをさせてしまう事になっていました。そんな隆の寂しそうな寝顔を見たとたん、とうとう私も涙をこらえることが出来なくなりました。人間と言うものは、こんなにも涙が出るものなのでしょうか。葬儀中は、弔問客に気を使うあまり、殆ど涙を見せなかった私でしたが、その晩の私の涙は、枯れることを知りませんでした。


第4話 甘え

  隆は私に似て、身体の大きな子供でした。病気一つせず、元気に保育園に通っていました。しかし、自由時間は友達と遊ぶこともせず、いつも独りっきりで絵を描いている様子でした。周りの子供に比べ口数も少なく、保育士の先生方はそんな隆を心配していました。まだ、幼い隆にとっては、母親の愛情が必要だったのかもしれません。父親の愛情とは何かが違う、母親の優しさを求めたかったのかもしれません。しかし、隆がどんなにそれを要求したとしても、もう、叶うことは出来ません。周りの大人が、それを与えることも出来ません。

私は隆を元気付けようと、遊園地に連れ出しました。その日はとても天気の良い日曜日でした。

父  「隆、何に乗ろうか?」

隆  「・・・・・」

父  「今日は、隆の乗りたいもの、何でも乗っていいんだよ」

隆  「・・・・・」

  隆が嬉しそうなのは解ります。しかし、言葉として感情がなかなか出てきません。ジェットコースター、観覧車、回転木馬、コーヒーカップ、びっくりハウスと、私たちは、ありとあらゆる遊具で遊びましたが、隆の口からは感動の言葉が出てきません。その日唯一、隆がおねだりしたものは、ソフトクリームだけでした。売店前のパラソルの下、私もソフトクリームを舐めながら隆を見ていました。周りは殆どが家族連れです。隆と同じくらいの子供たちは、皆、母親に甘えています。そんな光景を黙ってじっと眺めている隆の口の周りは、溶けたソフトクリームでべとべとになっていました。
 遊園地の中に、「動物ふれあいコーナー」がありました。羊、ヤギ、ウサギなどが柵で囲まれた中に放たれていました。隆は一頭の羊を追い掛け回していました。追いついては抱きつくことを繰り返していました。羊の身体は暖かくて気持ちがよかったそうです。その日、どんな遊園地の乗り物よりも、隆にとっては羊との触れ合いが一番楽しかった様に見えました。帰りの電車の中、私の隣に座っている隆からは、あの独特な動物臭さがいつまでも漂っていました。

 気が小さく優しい性格の隆は、一人の保母さんを慕っていました。その保母さん、百恵先生は、当時22歳のかわいい素敵な女性でした。彼女は子供たちの心をよく理解してくれる保母さんでした。
 ある日、私が保育園に隆を向かいに行ったら、隆は百恵先生に抱かれています。
「たかし、帰るよ」
と、私が声を掛け、振り向いた隆の顔には、大きな引っかき傷がありました。先生が目を離した隙に、おもちゃの取り合いで、女の子に頬を引っかかれたそうです。隆は人形を抱きしめたまま、欲しがる女の子には貸そうともしなかったので、女の子が無理やりに取ろうとし、隆の顔に爪を立てたそうです。でも、隆はいっさい仕返しをせず、じっと人形を抱きしめていたそうです。百恵先生は、隆の母親が他界したことを知っています。隆の心に寂しさがあるのでしょうと、百恵先生は言っていました。そして、隆を抱いたまま、何度も私に頭を下げる百恵先生でした。
その日以来、朝、隆は保育園の門をくぐると、真っ先に百恵先生の胸に飛び込んで行く様になりました。そんな隆を百恵先生は、ためらいもせずにぎゅっと抱きしめてくれました。帰りに隆を迎えに行くと、いつも隆は百恵先生と手を繋いで出てきます。別れ際、百恵先生は、隆を抱きしめ、頬擦りしながら、
「プイプイプイ、またあした」
と言って、隆と別れてくれました。自分の産んだ子供でもないのに、ここまでも子供を愛せる女性がこの世にいるとは・・・、私はただ、ただ、心の中で感謝することしか出来ませんでした。
 多くの保母さんからの愛情を受け、隆には次第に笑顔が戻って来る様になりました。自由時間には友達と庭で走り回る様になりました。家では私に保育園での出来事を話すまでにもなりました。幼い子供にとって、実の母親の愛情に勝るものは無いでしょう。しかし、周りの大人が、たとえ他人であろうとも、深い愛情で接すれば、子供の心は満たされるのかもしれません。私は、この保育園の先生方の愛情に、深い感動を貰いました。

 隆がもうすぐ小学生になる頃です。保育園最後の日のことでした。この日は百恵先生にとっても、最後の保育士生活の日でもありました。彼女は結婚して栃木県宇都宮市に嫁いで行くとのことでした。その頃の隆は、百恵先生に頬擦りしてもらって別れることからは、すでに卒業していました。百恵先生は隆と最後の別れ際に、

「たかし君、たかし君、先生も今日でお終いだから、最後にプイプイしよう?」

と言ってくれました。しかし隆は、

「いやだよ ! じぁあね。バイバイ !」

 と言って、さっさと私の車に乗り込んでしまいました。私はこんな優しい百恵先生に、全く言葉が出ませんでした。お礼を言いたいことはたくさんあるのに、一言の言葉にもなりませんでした。私は、百恵先生に深々と頭を下げました。

「元気でね」

と、隆に手を振る百恵先生の大きな瞳から、一粒の涙が零れ落ちるのを私は感じました。

 百恵先生、是非とも幸せになって下さいね。そして、また、機会があったら、多くの子供たちの寂しい心を満たしてあげて下さいね。
今まで、本当に、どうも有難うございました。


第5話 成長

 隆は元気良く、小学校に通っていました。その日は、隆が小学校一年生の運動会の日のことでした。運動会には、私の姉夫婦もお弁当を持って来てくれるとの事でしたので、隆はとても楽しみにしていました。しかし、姉の義兄の親類に不幸があり、姉夫婦は急遽、その葬儀に行かねばならなくなってしまいました。姉たちは朝早く、お弁当を届けに来てくれて、そのまま葬儀に向かいました。隆はひと足先に登校し、私は姉の手作りのお弁当を持って小学校に向かいました。日当たりの良い小学校の中庭に場所を確保したら、私は隆の走る姿を写真に撮って回りました。
 お昼の時間になりました。隆は私を見つけるなり、走り寄って来ました。徒競走で一等賞を取ったことを何度も自慢気に話していました。姉の作ってくれたお弁当は、とても美味しそうなお弁当です。しかし、二人では量が多すぎます。隆は黙って大好きないなりずしをほおばっていました。口をもぐもぐさせながら、周りの家族の風景をじっと眺めていました。どこの家庭でも、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんがいて、母親が子供にお弁当を食べさせている様子を、隆は口をもぐもぐさせながら黙ってじっと見つめていました。
 そんな時でした。我々からさほど離れていない場所で、母子二人だけでお弁当を広げている親子の姿が、ふと、私の目に止まりました。隆の同級生の美紀ちゃんと、そのお母さん、美恵子さんです。私は美紀ちゃんのお母さんに見覚えがありました。近所のスーパーでレジを打つ、笑顔の素敵なとっても感じの良い女性でしたので、私は半ば、心惹かれていたところでした。美恵子さんは、小柄でほっそりとした女性でした。瞳が大きく、長いストレートの黒髪をいつも後ろでひとつに束ね、特に化粧をするわけでも無い笑顔には、男として心休まる雰囲気を感じることが出来ました。その素敵な女性に、我が子と同じ歳の子供がいたなんて、少し、残念にも感じてしまいました。美紀ちゃんが我々に気付くと、

「あっ、たかし君だ!」

と、叫びました。そして美紀ちゃんのお母さんは、私を見るなり、びっくりした様子で、

「ご一緒にいかがですか?」

と、我々に声を掛けてくれました。私と隆は、そんな言葉に遠慮もせず、自分たちのお弁当を持ち、尻尾を振る様にして美紀ちゃん親子の元へと向かいました。

美恵子 「いつもお店に来て下さいますよね」

剛  「ご存知でしたか?」

美恵子 「ええ、いつもお一人でいらっしゃっていますし、男性の方お一人のお買い物って、けっこう目立つものですから・・・。それに、お身体が大きいですから、余計に目立っていますよ」

剛  「それは、それは、お恥ずかしい。今日はご主人、お仕事ですか?」

美恵子 「いいえ、うちは母子家庭なものですから・・・」

剛  「えっ、これは失礼しました。宜しかったら、これ、いかがですか? 美味しいですよ。我々だけじゃ、食べ切れませんから・・・」

美恵子 「わぁ〜、奥様、お料理上手なんですね」

剛  「いいえ、これは私の姉がこしらえた物で・・・。うちは父子家庭なもんですから・・・」

 お互いに、それ以上、家庭の事など聞きもせずに会話はどんどん弾んで行きました。私が草野球をしていると聞くや否や、美恵子さんも野球が好きで、ドラゴンズのファンだとの事でした。更に私たち二人は今年のペナントレースの話に盛り上がって行きました。隆も美紀ちゃんも、あっけに取られた様な顔をして、私と美恵子さんの会話を覗き込み、口をもぐもぐさせながら、じっと聞いていました。
一年生の運動会は、早めに終了してしまいます。私はいつまでも美恵子さんと話をしていたかったのですが、名残惜しい気持ちを抑え、隆の手を引いて帰りました。
 その後の私は、スーパーで買い物をすると、必ず美恵子さんのレジに並びました。そのレジがどんなに長い列になっていようとも、私はその列に並びました。隣のレジが開いて、
「お待ちのお客様、こちらにどうぞ」
と、言われても、私は美恵子さんのレジの列から離れようとしませんでした。美恵子さんは、そんな私を見て、吹き出しそうになるのをじっとこらえている様子でした。

  私はいつもより仕事帰りが遅くなった時など、美恵子さんの帰宅姿を見かけることがありました。そんな時、私から声を掛けたり、逆に、美恵子さんから声を掛けられたりしたものした。私たちはその度に、短い距離でしたが並んで歩き、二人、会話を楽しみました。

美恵子 「森田さん、お帰りなさい。今日も残業でしたの?」

剛  「ええ、景気が悪いのに、何故か会社ですることがあるんですよ。美恵子さんも、お疲れですね? 美紀ちゃん、きっと、お腹すかしていますよ」

 美恵子さんが母子家庭でいるのは離婚したからだと、私は隆から聞いていました。姓は旧姓なのか、前夫の姓を続けているのかは判りません。事情があって、やむを得ず姓を変えていない事もあるでしょう。私はあえて、美恵子さんを名前で呼ぶことにしていました。また、美恵子さんも、自分を名前で呼んでくれることに喜びを感じている様子でした。

美恵子 「いつもお帰りが遅いと、お好きな野球も出来ませんね?」

剛  「そうですね、でも、今まで飽きるほど野球、やってきていますから・・・。美恵子さんも毎日遅くまでお仕事ですが、お休みはいつなんですか?」

美恵子 「私には、お休みなんか御座いませんのよ。スーパーがお休みのときは、別のアルバイトでもしなければ、親子、生きて行けませんもの・・・」

剛  「でも、僕、そんな貴方を見ていると、お身体のことが心配になってしまいますよ」

美恵子 「あら・・・、そんなお優しい言葉聞いたの、私、何年ぶりかしら・・・」

剛  「せっかくデートにお誘いしようと思ったんですが、もしかして、今が一番のデートの時間なんですね?」

美恵子 「ふふふ・・・、そうですね!」

美恵子さんがわずかな食品の入った買い物袋を持ち替えた時、長袖のブラウスの袖口から、彼女の細い腕が少し覗きました。その腕には、真新しい火傷の痕が痛々しく残っているのを私は見てしまいました。しかし、私は何も見ていないかの様に目をそらし、小柄な美恵子さんの歩調に併せ、彼女の傍らを歩き続けました。その晩は、秋風が身に沁みてくる星空の美しい夜でした。

 ある日のことでした。私が隆と夕食を共にしていると、いきなり隆は、私に、

隆 「美紀ちゃんのお母さん、DVだったんだって。お父さん、DVってなに?」

剛 「そうだねぇ・・・。ビデオみたいな物かなぁ・・・」

隆 「・・・???」

 私は返事に困り、とっさにこんな答えをしてしまいました。母親のいない小学一年生に、ドメスティックバイオレンスの説明をしたくはありませんでした。私は美恵子さんが愛おしく、たまらない気持ちになってしまいました。

 数日後、私はまた、スーパーに買い物に行きました。しかし、お目当ての美恵子さんは、そこにいませんでした。

剛 「隆、今日、美紀ちゃんのお母さんスーパーにいなかったけど、美紀ちゃんに何か聞いている? 病気なのかなぁ・・」

隆 「今度、美紀ちゃん、おばあちゃんちに行くんだって・・・。引っ越すんだってさ」

私は、それ以来、美恵子さんを見かけることはありませんでした。スーパーのレジに立つ美恵子さんの笑顔を見ることは出来ませんでした。残業で遅くなった帰り道、後ろから声を掛けてくれた美恵子さんは、もう、この街にはいなくなってしまいました。ただ、「頑張って下さいね」と最後に一言、言いたかったのですが、私には、そう願うことしか出来ませんでした。

 翌年も、運動会の季節が来ました。今度は長野県の実家から、私の年老いた両親が来てくれました。忙しい農作業を中断し、野菜をたくさん抱えて来てくれました。姉夫婦も隆のためにお弁当を作って来てくれました。咲子の両親までも、孫の隆を不憫に思い、わざわざ転勤先の仙台から来てくれました。おじいちゃん、おばあちゃん、おばさん、おじさん、今年は、大勢でお弁当です。

父 「たかし、徒競走、どうだった?」

隆 「また、一等だったよ」

由美 「ほら、おばちゃん、隆の好きないなりずし、たくさん作って来たよ。果物もあるからね」

母 「隆は今度、何に出るんだい?」

隆 「今度は、球入れだよ」

義母 「しばらく見ない間に、隆は大きくなったね」

義父 「隆は男の子だけど、母親の咲子に似てるよね」

義母 「咲子がいたら、さぞ喜んでくれるだろうに・・・」

由美 「隆、そんなに急いで食べたら、後で、お腹痛くなっちゃうよ」

隆 「平気だよ!」

 なんと隆は、急いでお弁当を食べ終えたと思ったら、さっさと遊びに行ってしまいました。それからは、主役の隆がいない大人だけのへんなお昼になってしまいました。もう、隆は、親よりも友達と遊ぶ方がいい様子でした。でも、我々大人たちにとって、少々、ほっとした一面も心のどこかにありました。



第6話 癒し

 咲子がこの世を去ってから、4年の月日が経ちました。隆も9歳になり、元気に小学校に通っていました。私の姉、由美は、専業主婦でもあり、大学生になった子供たちの手もかからなくなったこともあって、よりいっそう、隆の面倒を良く見てくれました。隆の遠足の日などは、朝早く、お弁当を届けに来てもくれました。
 ある日のことです。学校で飼育しているウサギが増え過ぎて、学校は、貰い受けてくれる生徒を募集しました。隆はその事を私に話しました。

隆 「ねぇ、父さん・・・。ウサギ、飼ってもいい?」

剛 「だめだよ。面倒見られないんだから」

隆 「僕、ちゃんと面倒見るよ。餌もあげるし、散歩も連れて行くからさぁ・・・」

剛 「ウサギは、犬じゃないから、散歩しなくてもいいんだよ」

隆 「じゃあ、餌と水だけでいいんだね」

剛 「ウンチやオシッコするんだから、毎日掃除するの、大変だよ。父さん、仕事で疲れているから、世話、出来ないよ」

隆 「いいよ、全部、僕がやるからさぁ、約束するからさぁ・・・」

 私の会社は、中国からの安い輸入品に押され、決してうまく行っている状態ではありませんでした。中間管理職となっている私は、リストラに脅え、帰りの遅い毎日が続いていました。夕食は、近くに住む姉が、作り溜めをしてくれていたので、助かっていましたが、夜遅くまで、一人で私の帰宅を待っている隆に、それ以上、ウサギを飼ってはダメだとは、言えませんでした。
 
その3日後、大きなダンボールを抱えて、隆が学校から帰って来ました。ちょうど、その日は、姉が夕食の作り溜めをしに訪れていた日でした。

隆 「おばちゃん、おばちゃん、ほら、見て 見て!」

由美 「えっ、2匹も貰って来たんだねぇ。どれどれ、あら〜、かわいいねぇ・・・。もう、隆も寂しくないねぇ」

隆 「うん、名前、どうしようかなぁ」

由美 「隆のウサギなんだから、隆が考えて付けてあげなきゃね」

隆 「でも、わからないなぁ」

由美 「隆の好きな物の名前にしたらどう?」

隆 「好きなもの?」

由美 「そう、好きな物だよ。隆は何が好きなのかな?」

隆 「母さんが焼いてくれたクッキー !」

 隆は自分の母の死後、寂しさを口に出すことはしませんでした。隆がすっかり咲子のことを忘れていると思い込んでいた由美にとって、こんな隆の言葉には、なんと、切なく感じたことでしょうか。由美は溢れ出す涙を抑えることも出来ず、

由美 「そうか、クッキーがいいね。どっちがクッキーかな?」

隆 「この、パンタみたいな方だよ」

由美 「それじゃ、こっちの茶色い方は、どんな名前にしようか?」

隆 「こっちは、ビスケット!」

由美 「どっちも、おいしそうな名前だね」

 クッキーとビスケットの寝床は、当面、プラスチックでできた衣装ケースの中となりました。これならば、ウサギがウンチやオシッコをしても、風呂場でまるごと洗えば簡単です。でも、隆が学校から帰って来ると、衣装ケースの蓋を外すので、ウサギたちは部屋中を飛び回り、あちこちにウンチとオシッコをしてしまいます。そんな中、隆は約束通り、ウサギたちの面倒を良く見ていました。部屋の中にしてしまったウンチやオシッコの片付けは、まだ小さな手で、ちゃんと実行していました。
 私は、子供の頃に犬を飼っていたことがあります。動物は、いつか死にます。人間よりも短い寿命を一生懸命に生き、買主に愛情を注いでもらい、それに対してたくさん自分の愛情で答えてくれます。母の死により、幼くして寂しさを経験している隆に、いつか死ぬウサギによって、また寂しい気持ちにさせてしまうのではと、心配な気持ちもありました。また、私自身も、あまりウサギに愛情を注ぐと、死後の別れが辛くなるのを知っています。そこで私は、あえてウサギとは距離を置いて接する様にしていました。
 
 その頃、私の勤務する工場の経営に、回復の兆しはありませんでした。数年前までは、経営者がどんな目的で資金を運用しようとも、銀行は喜んで融資してくれました。世の中が株や不動産に投資して、儲かっていると聞けば、それに便乗しようと考える経営者も多くいました。我社の経営者も、その内の一人でありました。自分の判断が間違いであったと気付いた社長は、損を覚悟で、取得した不動産を手放そうとしていましたが、なかなか買い手がつかず、とうとう融資の返済も滞ってしまう様になりました。銀行は、追加融資はもちろんしてくれません。返済期限を過ぎた融資は、「不良債権」というレッテルを貼られてしまいました。
造る製品が激減したら、私には仕入れも検品も出来ません。そこで、過去に取引のあった会社を一件、一件、営業に回ることとなりました。慣れない営業という仕事から帰ってくると、真っ先に出迎えてくれるのは、茶色い模様のあるビスケットでした。毎日、毎日、私が玄関を開けるとぴょんぴょんと飛んで来ます。こんなウサギの姿を目の当たりにすることにより、私は笑顔に戻ることが出来ました。ウサギでも、人間の心が読めるのでしょうか。
「生き物はいつか死ぬ。死なれたら辛いから、愛情は注がず、距離を置いて見ていよう」
と考えていた私ですが、
「生き物はいつか死ぬ。だから、せめて、命のある間は、出来るだけかわいがろう。思いっきり愛情を注いであげよう。皆、限られた命だから・・・」
と、考えが変わりました。このウサギたちに寿命が訪れる頃は、隆もすっかり大人になっているでしょう。私は心配することなど無いものと信じきっていました。
 
  私と隆は、ウサギのことを知る様にしました。ウサギの寿命は、ネコと同じぐらいだそうです。穴を掘って、巣をつくり、穴に潜る習性があるそうです。我が家のウサギの飼育場所である衣装ケースでは、穴が掘れません。巣がありません。そこで、私は小さな木の箱を作り、ウサギが潜れるようにしました。でも、入口になっている穴は、ウサギにとって、少々、小さすぎる様でした。

隆 「とうさん。巣の入口、少し小さいみたいだよ。もっと大きくしてよ」

父 「うるさいなぁ・・・。父さん、今日、疲れてるんだから・・・。今度の日曜日に直してあげるよ」

隆 「・・・・・ 」

 ウサギを飼い始めて3ヶ月ほどが過ぎた、秋の深まる日の出来事でした。私は自分の住むアパートの近くまで、営業に来ていました。そして、その日は会社に戻らず、営業の挨拶が終わったら、そのまま帰宅することにしました。そこで珍しく、私はまだ明るい内に帰宅することが出来ました。
私がアパートに着き、玄関ドアを開けても、何故かビスケットはいつもの様に飛んで迎えに来ません。まだ、箱の蓋が閉まっているのだろうか。でも、玄関には隆の靴があり、隆は帰って来ている筈だ。私は、靴を脱ぎ、居間に向かうと、クッキーだけがテーブルの下にちょこんと座っているのが見えました。居間の奥でウサギの入った衣装ケースの前に座っていた隆は、私を見るなり、

「ビスケット、死んじゃった」

と、ぽつり一言、つぶやきました。隆が学校から帰宅すると、箱の中にある私の作った巣の入口に、ビスケットは首を突っ込んだまま、ぐったりしていたそうです。それに気付いた隆は、急いで木で作られた巣を壊し、ビスケットを取り出しましたが、もう、再び動き出すことは無かったとの事でした。あの晩、私が巣を直していたら、こんな事にならなかったと、悔やみ、ビスケットと隆には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。ただ、涙一つ見せない隆の姿が、私にとって心の救いでもありました。
 私は、動かなくなったビスケットを小さな段ボール箱に入れました。半分開いているビスケットの目は、いくら閉めても開いてしまいました。さぞ、苦しかったことだったのでしょう。私は、ビスケットの好物だった人参をひとかけら段ボール箱に入れました。
 
 私と隆は、ビスケットの入った段ボール箱を抱え、近く雑木林へと向かいました。秋の夕暮れは早いものです。誰も居ない雑木林を奥へと進むにつれ、あたりはだんだんと薄暗くなって行きました。私と隆は、周りよりも少し小高くなった場所を選び、ベランダ菜園で使っているスコップで穴を掘りました。そして、ビスケットの入っているダンボール箱を埋め、その上に土を被せ、ペットポトルから水を注ぎました。隆は、ビスケットの埋められた穴の横にある木に、スコップの先端で「ビスケット」と名前を彫りました。しかし、うまく彫れません。かろうじて、「ビ」という文字だけが判る有様でした。
最後に、私と隆は、ビスケットに手を合わせ、すっかり暗くなった道をクッキーの待つ部屋へと戻りました。枯葉もすっかり落ち、いつ、氷が張ってもおかしくない、秋深まった頃の出来事でした。


第7話 感謝

 隆は10歳になり、元気にサッカーを始めています。私の勤める会社は、とうとう二回目の不渡りを出し、倒産してしまいました。しかし、私は新たな職探しに走ることはしませんでした。どうしても私と咲子の夢を実現してみたいという願いを捨てることが出来ませんでした。そして、そんな我々の夢であったアンティークショップもようやく実現に近づいてきました。私は古物商の免許も取りました。そして、高田さんのメッキ工場を手伝いながら、お店の開店準備に追われていました。高田さんのメッキ工場は、息子さんが開発した新技術で、一躍有名になっていました。そのおかげで、高田さんの工場もフル操業の状態が続いていました。高田さんは相変わらず草野球を続けています。孫の様な若い連中を相手に、楽しそうにノック練習をしています。そんな高田さんの勧めで、駅前通り商店街の片隅に、私は新たに見つけた貸し店舗を借りることにしました。そこは、以前見つけた貸し店舗よりも、ずっと小さく、お客さんが2〜3人来たら身動きが取れないほどの狭さです。その頃の店の商品は、長野県の実家付近から調達していました。旧中仙道に近いその地域では、けっこう、時代物の小物がたくさん眠っていました。
 そんなある日のことでした。小学3年生の隆は、学校の授業でドングリを使い、何かを作ることになりました。その為、その授業までにドングリを捜しに行かなければなりません。ふと、考えてみれば、ちょうどビスケットが死んで、一年になります。私たちは、ビスケットを埋めた日以来、あの雑木林には行っていませんでした。そこで、ビスケットのお墓参りを兼ねて、ドングリ拾いに出かけることにしました。

 天気の良い日曜日の午後です。サッカーの練習から帰って来た隆と一緒に、空のペットボトルに水を入れ、ビスケットが眠る雑木林へと向かいました。私たちは、深く積もった落ち葉を掻き分けながらドングリを捜しました。しかし、一粒たりともドングリは落ちていません。
「おかしいなぁ、ドングリ、落ちてないね」
互いにそう言いながら、私と隆は、ビスケットを埋めた場所へと歩いて行きました。あれから一年が過ぎています。冬が来て雪が積もり、真夏の暑さで雑草が生い茂り、再び秋が来て、周囲は枯れ草に埋もれています。ビスケットのお墓は、どこなのかさっぱり判りません。
「たしかに、この辺だったけど・・・」
二人、同じ言葉を繰り返しながら、ビスケットを埋めた場所を捜し歩きました。また、ドングリも、全然見つかりません。一時間ほど、私たちは雑木林の中でドングリを捜しながら歩き続けました。ちょうど、諦めかけた時、一粒の小さなドングリが私の足元に落ちていました。落ちていたと言うよりも、誰かが枯葉の上にそっと置いた様に、私の行く手を阻んでいました。それも、ピカピカのドングリです。傷一つ無い、とっても綺麗なドングリです。
「隆、ドングリがあったよ」
と、叫び、私はそのドングリを拾い上げようとしました。その時、何気なく、ふと、横に目をやると、そこは、かつてビスケットを埋めた場所であることに気付きました。そこは間違いなく、ビスケットが埋められた場所でした。なんと、木の根元には、消えかけた「ビ」という文字がはっきりと残っていました。
「このドングリ、ビスケットが隆に持って来てくれたんだね」
 私は、そう言いながら、ピカピカのドングリを隣に立っている隆に手渡しました。そして、私と隆はしゃがみ込み、ビスケットのお墓に水を掛け、手を合わせて「ありがとう」とつぶやきました。
 その帰り道、私も隆もドングリを探し続けました。しかし、ピカピカのそのドングリひとつ以外に、一粒たりともドングリを見つけることは出来ませんでした。

 翌日、ビスケットから貰ったドングリを握り締め、隆は学校に行きました。何の授業なのかは、私には分かりませんが、隆はそのドングリでコマを作って来ました。ちょうど真ん中に小さな穴を上手に開けて、楊枝を挿しただけのコマです。でも、そのコマは、なかなかうまく回ってくれませんでした。そして私は、そのコマを妻、咲子の写真の前に供えました。
 
 その晩、私は夢を見ました。白樺の生い茂る林の中を亡き妻と、隆と、クッキーと散歩をしています。なんと、そこにはビスケットも一緒でした。季節は春の様でした。春にしか現れない、雪解け水だけの小川が流れています。名前は分かりませんが、黄色い花と白い花があちこちに咲いています。隆は五歳の頃の姿でした。まだ、ほっぺもふっくらして、隆の小さな手を咲子が握っていました。その後をクッキーとビスケットがピョンピョンと追いかけて行きます。咲子も隆も幸せそうに笑っています。しかし、私には、周りの音が何も聞こえて来ていませんでした。小川のせせらぎの音さえも、聞こえて来ませんでした。私はとても幸せな気持ちで溢れていました。でも、何故か、涙が止まりませんでした。
 しばらく私は、そんな光景を後ろから眺めながら、隆と手をつないでいる咲子の後を付いて行きました。久しぶりに家族が全員揃ってのピクニックです。こんな楽しい、幸せな日は、滅多にはありません。どのくらいの時が過ぎたのでしょうか。木漏れ日の眩しさの中、私の前を行く咲子は、隆の手を離したと思ったら、雪解け水で出来た小川を独り、ぴょんと飛び越えました。ビスケットもそれに続き、ぴょんと飛び越え、咲子に続きました。私も彼女の後を追うつもりで、その小川を飛び越えようとしましたが、何故か足に力が入りません。またいでも渡れる程の小川なのに、足が出ません。

「咲子、ちょっと待ってよ」

と、叫ぶ私を、咲子は振り返って微笑みました。その笑顔は、いつもの幸せそうな素敵な笑顔でした。優しい隆の母親の微笑みでした。そして咲子は、私に向かって手を一振りした後、ぴょんぴょんと咲子の後を追い続けるビスケットと共に、白樺林の奥の方へと行ってしまいました。

「咲子、どこへ行くんだよ〜。戻っておいでよ〜。行っちゃだめだよ。咲子〜、咲子〜」

咲子の後姿が見えなくなるまで、私は彼女の名を叫び続けました。しかし、彼女は私の叫び声が聞こえないかの様に、ぴょんぴょんと後を追うウサギと共に、森の奥へと行ってしまいました。そんな私の足元には、いくつもの水芭蕉が、透き通ったせせらぎの中で、眩し過ぎる陽の光と共に私の行く手を遮っていました。


第8話 開店

 アンティークショップ、開店の日が来ました。かつての草野球仲間たちが、うわさを聞きつけ、店を覗きに来てくれました。狭い店の間口に大勢の人がたむろしていると、行き交う人々は「なんだろう」と思います。夕暮れの仕事帰りのサラリーマンが横目で眺めながら通り過ぎます。でも、初日は一つたりとも売れず、店を閉めようとした時です。一人の中年女性が店を訪れました。

客 「こんばんは。こちらのお店、今日、開店したんですか? 少し、品物、拝見してもかまいません?」

剛 「いらっしゃいませ。どうぞご覧になって下さい」

客 「あら、けっこう古い家具もある様ですね。でも、どれも良くお手入れがされている様で・・・。まぁ、このランプ、電気が点くように様になっているのね・・・」

剛 「はい、火を使いませんから安全ですよ。古いランプをそのまま使って、改造しております。吊るしても、置物としてもご利用できますよ」

 そのお客様は、店の入口に吊るしてあったランプに興味を持ってくれました。キャリアウーマン風なその女性は、値段も手ごろだと言い、その古びたランプをとても気に入ってくれました。しかし、その女性はこれから寄るところがあるとの事で、後日、私が配達することにしました。女性が記した名前を見ると、なんと、妻と同じ「咲子」という名前でした。なんと偶然なことなのでしょうか。お客様第一号が、この店の開店を夢見ていた妻と同じ名前の方でした。

 開店当初のお店の経営は、順調とは言えませんでした。当時は毎週火曜日の定休日に、高田さんの会社の手伝いをしながら、どうにか収入を確保していました。でも、店の噂を聞きつけたお客さんが、鉄道沿線から集まって来る様にもなり、売り上げは徐々に増えて行きました。そして、どうにか開店一周年を迎えることが出来ました。その頃になると、定休日は、すっかり仕入れの日に変わっていました。私は軽トラックで朝早くから長野県方面に出かける事が多くなりました。古い農家に昔の家具が眠っているとの噂を聞き、私はその農家を尋ねていた時です。農家の納屋の裏山に、たくさんの松ぼっくりやドングリ、木の実が落ちているのが見えました。私は、ビスケットから貰ったドングリのことを思い出しました。そして、何故か、そこに落ちているドングリを持って帰りたくなってしまいました。別にそのドングリで、何かをしたいと言う目的もありません。私は理由も無く、ドングリと松ぼっくりをビニール袋いっぱいに詰め込んで、譲ってもらった古い家具と共に、車に乗り込みました。
 翌日、私は店で、前日に譲り受けた家具を磨き、修理をしていました。そして、ついでに貰った竹製のザルにドングリを入れ、店先に置いて風を通していました。そろそろお昼の時間に近づいた頃です。一人の若い女性が店を訪れました。女性は香絵ちゃんといい、地元の短大を卒業したばかりで、近くの税理士事務所に勤務している方でした。家は商店街からさほど離れておらず、3人姉妹の末っ子で、天真爛漫と言うか、あっけらかんと言うか、一緒に居てとても心の和む女性でした。この時は、商店街振興組合の事務所に書類を届けに来た帰り道、たまたまドングリに気が付いたそうで、私との初めての出会いとなりました。

香絵 「こんにちは。お店の前に置いてあるドングリ、おいくらですか?」

剛 「すみません。あれは売り物ではないんですよ」

香絵 「えぇ〜・・・。でも、少し譲ってくれません?」

剛 「別に使う物でもないから、好きなだけ持って行ってもいいよ。でも、いったい何に使うの?」

香絵 「オブジェ作ろうと思って・・・。私、趣味なの」

剛 「いい趣味だね。でも、ドングリなんかは、この近辺にもたくさんあるんじゃない?」

香絵 「そうでもないだぁ、最近は・・・。あっちこっちにマンションが建ってるでしょ、ドングリの生る木なんかは、どんどん無くなっちゃってるんだぁ〜」

 それを聞いたとたん、私はビスケットを埋めた雑木林が心配になってきました。
 私は、翌朝、あの雑木林に向かいました。何てことでしょう。かつての雑木林には、木一本ありません。そこは茶色い土がむき出しになっていたではありませんか。それもブルドーザーで整地され、一面はまっ平らです。草木のない赤土の上を、冷たい風が吹き抜ける光景を私は目の当たりにしました。あの愛らしいビスケットが眠るあの場所が、隆が木に彫った「ビ」という文字も、もうそこにはありません。心にぽっかりと穴が開いてしまった様な感覚とは、この時の様な感覚なのかもしれません。咲子をぴょんぴょんと追いかけて行く夢の中のビスケットの姿が、何度も何度も、私のまぶたの裏で繰り返し、現れては消えて行きました。

 数日後、香絵ちゃんが、また通りがかりに寄ってくれました。オブジェが出来上がったそうです。

香絵 「こんにちは、おじさん。この前どんぐり、どうもありがとう」

剛 「いやいや、あんな物でよかったら、また拾って来てあげるよ。ところで、どうだった? 美味しかったかい?」

香絵 「なによ! いくら私だって、どんぐりまでは食べないわよ」

剛 「そっか、オブジェ作るって言ってたもんな」

香絵 「そうだよ、それ、出来上がったよ」

剛 「えっ、もう出来たの? どれどれ?」

香絵 「やだぁ、へんなとこ見ないでよ! 私の叔母さんの店に置いてあるよ。今度、見に来てよ」

 香絵ちゃんの作ったオブジェは、私の店と同じ駅前商店街にある、香絵ちゃんの叔母さんが経営している美容室に置いてあるとのことでした。その美容室は「まりこ美容室」と言い、そこに店を出して25年になる地元では有名なお店でした。香絵ちゃんの話によると、55歳前後であろう店主である叔母さんの真里子さんが、香絵ちゃんに小さい時からオブジェの作り方を教えていたそうです。真里子さんは、美容室をお弟子さんに任せ、よく、香絵ちゃんと一緒に材料を探しに野山を散策しているそうです。私は翌日、香絵ちゃんの勧めもあり、まりこ美容室にオブジェを見に行くこととなりました。
 まりこ美容室の扉を開けたとたん、なんとそこは都会とは別世界の風景が広がっていました。鏡の周りは、木やツタで生い茂っています。まるでジャングルです。そんな店の片隅に、香絵ちゃんの作ったドングリのトレイが違和感も無く置いてありました。そのトレイの上には、真っ白なタオルが何枚も重なって整然と積まれていました。店内の壁には、木のツタや小枝、松ぼっくり等をふんだんに使ったオブジェが、所狭しに飾られていました。どれも趣味で作られたにしては素晴らしい出来栄えです。売り物になってもおかしくはありません。

剛  「どれも素晴らしい出来栄えですねぇ・・・。これ作るのに、けっこう時間が掛かるんじゃあないですか?」

真理子 「そうね、暇を見つけては作り出すから、一ヶ月以上かかることもあるわねぇ・・・。でも、材料になる物が、なかなか無くってね」

剛  「落ちている物、どれでもいい訳じゃあないんですか?」

真理子 「始めた頃は、何でも使っていたけど、やっぱり、いい物を作ろうとすると、材料の色や形にもこだわりが出て来るの。最近は、欲しいって言ってくれるお客さんも多くって、せっかく差し上げるんだから、いいもの作りたいですもの・・・」

 まりこ美容室には「トラ」という名の猫がいました。丸々と太った猫で、いつも昼寝をしていました。偶然にも、背中にビスケットと同じ茶色の模様のある猫でした。
 
 香絵ちゃんは、仕事柄、忙しい時期と暇な時期が極端にあるそうです。確定申告の時期や、年度末以後の一ヶ月は、夜遅くまで仕事をしていますが、それ以外では、月末や毎月十日ぐらいまでを除くとけっこう時間に余裕があるとの事でした。私は仕入れに出かける度に、香絵ちゃんや真里子さんへ、オブジェの材料を拾って来てあげました。そんな材料目当てに、よく香絵ちゃんは、仕事帰り、店に顔を出してくれました。そんな材料のお礼にと、香絵ちゃんは時々、店番までしてくれる事もありました。


第9話 夢

 いつしかアンティークショップは、姉の由美と香絵ちゃんが、代わる代わる店番をしてくれる様になっていました。おかげで私は、仕入れに出かける日が多くなっていました。たまには泊りがけで東北地方にまで出かけることもありました。そんな出張の時など、小学6年生になった隆は、クッキーと共に姉の家で過ごすことになっていました。姉の家は一戸建てですので、クッキーも庭で運動が出来ました。隆は今度、犬が欲しいと言い出しました。さすがにこのアパートでは、犬は飼えません。ましてや、ウサギがいるし・・・。犬は、姉の家で飼われることになりました。隆は、時々、そのダンという名の犬を散歩に連れ出しています。

 お盆も過ぎ、残暑の厳しい年のことでした。私は福島県の山村まで、古い家具の仕入れに出かけました。その時は台風が近づいていて、訪問先の福島県では大雨が予想されていました。しかし相手の都合上、日程の変更は出来ず、私は気が進まぬまま車を走らることとなりました。私は行く途中、道に迷ったこともあり、その日の帰りの山道はすっかり暗くなっていました。道は狭い上、土砂降りの雨が降り出しました。そして更には風も強くなってきました。
「東北道が通行止めにでもなったら、帰れないなあ」
と思いながら、私は車のスピードを上げて狭い山道を下って行きました。その時、軽トラックの荷台に被せてあったブルーシートがパタパタと音を立て始めました。シートを覆う荷台のロープが外れた様です。

「参ったなぁ、こんなところで・・・」

 私は道路脇に車を止め、強風と土砂降りの雨の中、カッパを着て、荷崩れを起こさない様に、しっかりとロープを縛り直しました。ふと、周りを見渡すと、近くに人家らしき明かりは全く見えません。暗闇と激しい風雨の中、車のヘッドライトから乱反射する明かりだけが頼りです。私が立っている足元の横、ガードレールの下も、真っ暗で何も見えません。降った雨水は、大きな泥水となって真っ暗な道路下へと小石と共に流れ落ちています。

「ここ、やばいかな?」

 と、思った瞬間です。足元が崩れ、私は車と共に暗闇へと吸い込まれて行ってしまいました。その後は、いったい何が起こったのか私には分かりませんでした。どのくらいの時間が経ったのでしょうか。気が付くと私は大きな木の根元に横たわっていました。身体には何か、重いものが乗っかっています。私の身体は全く身動きが出来ません。また、痛いとか、苦しいとかの感覚もありません。風雨が強いにもかかわらず、私には全く外の音が聞こえていませんでした。そんな時、どこからか、私の指先を照らす様に、一筋の光が差し込んできました。それは、かつて咲子と散歩した、あの白樺林に居た時の様な陽の光です。まさに春の木漏れ日の様な眩しい光です。私は、どうにかして身体を起こそうと試みました。そして、横の大木に手を掛けようとした時です。何気なく、ふと、その木の根元を見ると「ビ」という文字が彫られているのに気付きました。それは、あの時、隆が彫ったビスケットの「ビ」です。はっきりと、彫ったばかりの「ビ」という文字を一筋の陽の光がスポットライトの様に照らしていました。
 
 その後も、どのくらいの時間が経ったのでしょうか。私は気が着くと、病院のベッドの上にいました。私は不思議にも、大きな怪我をしていませんでした。怪我は打撲、擦り傷程度でした。警察の人の話ですと、路肩が崩れ、私は車と共に、転落したそうです。偶然にも倒れた車が大木に支えられ、私の身体は下敷きにならずに済んだそうです。転落した時にでも、頭を打ったのでしよう。幸、私は気を失っただけだったそうです。パトロール中の土木現業所の車が、私を発見したとの事でした。私が目を覚ましたのは、その翌朝であり、それまでぐっすり寝ていたそうです。昼になり、姉が着替えを持って来てくれました。私の名詞を見た警察から、夜、店に電話があったそうです。

由美 「剛、大丈夫かい? 警察から電話があった時は、心臓が止まりそうだったよ。本人は、気を失っているだけで、命には別状無いなんて言ってたけど、心配したよ」

剛 「あぁ、参ったよ、姉ちゃん。隆、どうしてる?」

由美 「ああ、心配ないよ。香絵ちゃんが面倒見てるよ。あんたにもしもの事があったらと思って、今日は学校を休ませたよ。今、香絵ちゃんと店の方にいるよ。そうそう、電話しておかなきゃね。もう、学校行っていいよって・・・」

剛 「それじゃぁ、今日は香絵ちゃんが店を開けているのかい? なんだか、香絵ちゃんには、すまないなぁ。会計事務所の仕事はいいのかなぁ」

由美 「今の時期は、税理士さんも暇だそうだよ。税理士の先生も電話では、心配無いって言ってたよ。だから、帰りにでも美味しいお土産、買って帰るよ」

 検査の結果、脳波にも異常が見られず、私は数日後に退院が出来ました。しかし、仕入れた商品や車は、使い物になりませんでした。私の命を救ってくれた大木は、本当に存在したのでしょうか。警察の話ですと、その大木のおかげで私は助かったそうですので、実在するのは間違いないのでしょう。しかし、私が「ビ」という文字を見たのは夢だったのかもしれません。それにしても、偶然とも思えない不思議な夢でした。私はその出来事が夢だったのか、現実だったのか、無理に確かめようと思いませんでした。心の中で感謝していれば、それで良いのではとも思っています。


第10話 失恋

  香絵ちゃんは、心優しくとても明るい性格の女性です。隆はすっかり、自分の姉の様に慕っていました。特に決まった恋人が居るわけではありませんが、結構、ホーイフレンドも多く、男女共に多くの人から好かれていました。私の店は、香絵ちゃんの通う事務所の近くですので、彼女はよく、仕事の帰りに寄ってくれます。また、香絵ちゃんの家は、私の帰り道の途中でもあり、一緒に帰ることがよくありました。その年も暮れようとしている12月の頃の出来事でした。香絵ちゃんは年末調整の事務仕事で、いつもより帰りの遅い日が続いていました。そろそろ店を閉めようとしている時でした。

香絵 「おじさん、おじさん」

剛 「どうしたの? そんなに息を切らして・・。宝くじでも当たったのかい?」

香絵 「誰かにつけられているみたい」

剛 「なんだ? チカンかな? でも、香絵ちゃんを襲うやつなんてこの世にいるのかい? 後姿で暗いから、相手もよく判らないのかなぁ・・・」

香絵 「おじさん、冗談言ってる場合じゃないよ。ここんところ、毎日続いてるんだから・・・」

剛 「どれどれ・・・。誰も追いかけて来てないよ」

香絵 「でも、なんだか気味が悪い」

剛 「じゃあ、しばらく一緒に帰ってあげるよ。おじさん、香絵ちゃんのことだったら、襲ったりしないから・・・」

香絵 「なによ、それ、どういう意味?」

 翌日も、その翌々日も、香絵ちゃんは誰かに後をつけられている様子でした。香絵ちゃんは、まりこ美容室の前を通り過ぎて私の店に来ます。そこで、私は、まりこ美容室で香絵ちゃんが通り過ぎる様子を観察することにしました。私と携帯電話でコソコソと連絡をとりながら、香絵ちゃんは目の前を通り過ぎて行きました。その二十メートルほど後ろを作業服姿の一人の若者が歩いていました。明らかに香絵ちゃんの後姿を見つめ、歩調を併せて歩いています。尽かさず、私と真里子さんはその男の後を追いました。打ち合わせどおりに、香絵ちゃんは路地を曲がり、隠れました。その男が路地で止まったとたん、香絵ちゃんと男は面と向かい、私と真里子さんは男を囲みました。そのとたん、

香絵 「あれっ、雄二じゃないの・・・」

剛  「え? 知ってるのか?」

真里子 「あれ? あんた、たしか香絵の中学の同級生だよね」

香絵 「私の後、毎日つけていたの、あんただったの?」

剛  「いくら同級生でも、ストーカーしてりゃ警察に突き出すか?」

 香絵ちゃんの同級生であったストーカー男の雄二は、今にも泣き出しそうでした。雄二は、ただ、ただ、謝るだけでした。とりあえず、香絵ちゃんをまりこ美容室に待たせ、私は自分の店の中に雄二を入れました。店にはもう、客はおらず、姉の由美が私たちを見守っていました。

剛 「お前、香絵ちゃんが好きなのか?」

雄二 「はい・・・」

剛 「じゃあ、はっきりと告白したらいいじゃないか?」

雄二 「この前、告白したら、断られまして・・・」

剛 「そっか、ふられたのか。でも、お前、男だろ、未練たらしいと、心が腐って、どんどんもてなくなるぞ」

由美 「そうだよ。女はネチネチした男が大っ嫌いだからね・・・」

剛 「でも、好きなのは、しょうがないよな。 男だからと言っても、なかなか諦め切れないよな? でも、ストーカーは良くないぞ」

雄二 「はい、分かっています。でも、仕事の帰り、最近、必ず香絵さんを見かけるんです。別に待ち伏せをしていた訳ではないのですが、気になって、そっと後をつけてしまいました」

剛 「そっか・・・。でも、夜、後をつけられるってのは恐いもんだぞ、特に女にはな」

雄二 「はい、すみませんでした。もう、しません」

剛 「ところで、仕事、何やってるんだ?」

雄二 「工場で働いています」

 雄二の指を見ると、爪の間には真っ黒な機械油が染み込んでいるのが見えました。いくら洗っても取れない機械の潤滑油です。私はかつての自分を思い出しました。毎日、毎日、機械とにらめっこで、変化の無い毎日を送る若者の気持ちが理解出来ました。まだ、雄二の年頃ならば、綺麗な服を着て、チャラチャラと遊び歩きたい盛りです。仕事がつまらなくなるとすぐに辞めてしまう若者が多い中、毎日、真面目に不満も言わず機械と向かい合っている雄二は、私にとって他人事でない様な気持ちになってしまいました。そして雄二は、何度も我々に頭を下げながら、独り、暗くなった道を帰って行きました。まあ、香絵ちゃんが変質者に狙われていた訳でなく、我々は一安心でした。

 その後、雄二は決まって毎日同じ時間に店の前を通って朝晩、通勤していました。雄二は私と目が合うと、いつも軽く会釈をしていました。特に笑顔も無く、毎日、何を楽しみにしているのかと、疑問に思ってしまう様な若者でした。ある夕暮れ時、私は雄二に声を掛けてみました。

剛 「たしか、雄二君と言ったね。たまにはお茶でも飲んで行かないか?」

雄二は、照れくさそうに店の中に入って来ました。

剛 「どうだ、仕事、楽しいか?」

雄二 「いや、別に・・・。いつも同じ仕事ですから・・・」

剛 「ところで、雄二君、休みの日は何してるんだ? 友達と遊びにでも行くのか?」

雄二 「いいえ、僕には友達があまりいませんし、何もしていません」

剛 「じゃあ、野球やらないか? 野球ぐらい出来るだろ?」

雄二 「小学生の頃、すこしやっていました」

剛 「それなら十分だ」

私は高田さんがやっている野球チームに、雄二を誘いました。時間と場所を書いたメモを雄二に渡し、

剛 「必ず来るんだぞ、待ってるからな」

雄二 「はい。有難うございます」

さっきまで暗い雰囲気しか見られなかった雄二は、すっかり笑顔になっていました。

 二日後、雄二は待ち合わせのグランドに工場の作業服のまま、姿を現しました。私は店を姉に任せ、久しぶりにユニフォームを着ていました。似たような仕事や生活をしている仲間同士、雄二はすぐにチームの一員になって行きました。もう、あの晩の様な雄二ではありません。若い人は、ほんの少しの弾みで反れた道を歩んでしまいがちですが、反対に、ちょっとしたきっかけで本来の人生に戻ることが出来るのだと、私は実感しました。

 しばらくして、私は雄二と酒を飲むことがありました。野球の練習の帰りに、かつて咲子と通った焼鳥屋さんに立ち寄りました。

剛 「どうだ、雄二。野球、楽しいだろ」

雄二 「はい、みんな良くしてくれるし、こんなに友達が出来たの、初めてです」

剛 「試合になると、相手チームの応援団で、美女の大群が押し寄せることがあるんだ。中には群れから、はぐれ出て来る美女もいるから、よーく注意して見ておけよ」

雄二 「それは、すごいですね。美女の大群ですか・・・? でも、僕、まだ香絵さんのことが忘れられないんですよ。でも、好きでどうにかしたいと言った気持ちじゃないんです。忘れようと思っても忘れられないだけなんです」

剛 「当たり前だよ、雄二。一度でも好きになった女を、忘れることなんて出来ないもんだ。俺なんか、毎日、何十人もの女を思い出すよ」

雄二 「えっ? 何十人もですか?」

剛 「そうだよ。男ってものは、ふられれば、ふられるほど、エネルギーが胸の中に溜まっていくんだ。そして、本命が現れたとたん、それが一気に爆発するんだ。ドッカーンとな・・・。そして、情熱的な恋が出来るんだ。だからな、雄二なぁ、今の内に、どんどんふられろ!」

 私は、今は亡き咲子のことを思い出していました。かつて、咲子が必ず座っていたこの場所に、この席に、今、自分が座っています。当時の私は、失恋エネルギーが溜まりに溜まって爆発したわけでも、情熱的な恋だったわけでもありませんでしたが、愛する人間を失った悲しさを、時間が解決することはありませんでした。



第11話 少女

 私のアンティークショップでは、「こんな物を探してほしい」という要望が増えてきました。写真の切抜きを見せられて、要求されるお客さんもいます。私はすっかり、あちこちの骨董市やフリーマーケットに顔を出す様になっていました。ある骨董市で、私はお客さんから依頼されていた木製の火鉢を手に入れることが出来ました。それを店の奥で磨いていると、一人の赤いランドセル姿の少女が店先に干してあるドングリを一粒、一粒、手に取って眺めていました。小学生低学年ぐらいの少女は黄色い帽子をかぶり、ドングリを見つめる目は、どことなく寂し気でもありました。

剛 「お嬢ちゃん、こんにちは。学校は終わったのかな?」

少女 「・・・・・」

剛 「そのドングリ、持って行っていいよ。そろそろ帰らないと、ママ、心配するかもよ?」

少女 「・・・・・」

 少女は、ただ、うなずくだけで、ドングリをひとつ握り締め、薄暗くなった商店街をゆっくりと歩き出しました。店には、よく、色々な小学生が集団で帰りに寄ったりしていました。古い物を珍しそうに眺めながら、「博物館で見た」とか言いながら騒いでいることもありました。商売にはなりませんが、私は子供たちの騒がしい声が好きでした。何時間も店の中で騒がれては困りますが、帰宅途中のほんの少しの間だけでしたので、そんな光景を微笑んで見ていました。但し、中には商品をいじ繰り回して壊してしまう子供も居るのには困ったものです。お客さんには、「子供から聞いて・・・」と言って、立ち寄ってくれるお母さんもいます。お父さんよりもお母さんの方が古い物に興味があるのかもしれません。
 ある日、私は仕入れのときに拾ってきた松ぼっくりを店先に干していました。すると、以前、ドングリをあげた少女が、今度は松ぼっくりを眺めていました。

剛 「お嬢ちゃん、また、学校の帰りかな? 今度は松ぼっくりだよ」

少女 「・・・・・」

剛 「それも、持って行っていいよ。お嬢ちゃん、何年生かな?」

少女 「二年生」

剛 「そっかぁ・・・、二年生か・・・」

 私は、隆が一年生の時に運動会で一緒にお昼を共にした美紀ちゃんのことを思い出していました。元気で成長してくれていればいいなと、考えていました。美恵子さんは元気でいるのだろうか・・・。そして、何気なく、松ぼっくりを眺めている少女の足元に目が行きました。最近では珍しく、穴の開いている靴を履いています。靴底はかなり使い古し、磨り減っていて、今にもかかとが飛び出しそうな靴でした。少女の着ている服の袖口や襟元は汚れたままで、明らかに何日も同じ服を着させられている様子でした。そんな時、香絵ちゃんが現れました。香絵ちゃんは私と少女の様子を見ていると、すぐにそこの少女は、何か訳有りであると感じた様でした。

香絵 「お嬢ちゃん、お姉さんと一緒にお菓子、食べようか? 美味しいクッキーがあるんだよ。お姉さんが作ったんだけど、美味しいよ」

 私と香絵ちゃんは、少女を放っておくことが出来ず、店の奥に誘いました。香絵ちゃんが焼いたと言うクッキーと店の冷蔵庫の中にあったオレンジジュースを差し出すと、少女は美味しそうにもぐもぐと食べ始めました。

剛 「どうだい? 美味しいかな?」

少女「うん !」

剛 「お嬢ちゃん、お名前、おじさんに教えてくれるかな? おじさんはツヨシって言うんだよ。こっちのお姉さんは香絵ちゃんって言うんだ」

少女 「わたし、高橋えり」

香絵 「そう、えりちゃんって言うんだ。東小学校かな?」

少女 「うん !」

香絵 「東小学校だったら、お姉さんと一緒だね。関川先生、まだいるのかな?」

少女 「うん、わたしのクラス」

香絵 「えっ、お姉さんも6年生の時、関川先生だったんだよ」

 少女、えりちゃんは、すっかり笑顔になっていました。クッキーをほおばる頬は、あかぎれで、痛々しそうに見えました。いったいこの子はどんな環境で育てられているのだろう。

剛 「えりちゃんは、おうちに誰かいるのかな?」

えり 「ママがいるけど、もうすぐお仕事に出かけるの」

香絵 「じゃあ、夜はえりちゃん、いつも独りなの?」

えり 「うん・・・」

剛 「じゃあ、寂しいねぇ・・・」

えり 「だいじょうぶたよ」

 私も香絵ちゃんも、この会話だけでえりちゃんの家庭環境が想像出来ました。どうにかしてあげたくても、他人の家庭にまでは口を出すことは出来ません。

えり 「ママが出かける時間になるから、もう、帰る・・・」

香絵 「じゃあ、このクッキー、全部持って行きなね。夜、お腹すいたら、食べるんだよ。お姉さん、また、作って来るからね・・・。今度は、もっと大きくて美味しいの作ってあげるからね。また来るんだよ」

剛 「気をつけて帰るんだよ」

えり 「うん、ありがとう。バイバイ!」

 私と香絵ちゃんは、薄暗くなって人通りの増えた商店街を、走って帰って行くえりちゃんの後姿をいつまでも見送っていました。えりちゃんの赤いランドセル姿が見えなくなると、ふたり顔を見合わせ、ため息をつき、我々には言葉が見つかりませんでした。
 
 その後、えりちゃんは、学校の帰り道、遠慮なく店に寄ってくれる様になりました。その時間になると、香絵ちゃんも必ず店に顔を出す様になっていました。いくら香絵ちゃんの事務所が店の近くだとは言え、仕事を放り出して来ているのではないかと、心配になるほどです。えりちゃんは店に来る度に、香絵ちゃんの作ったクッキーやケーキを美味しそうにほおばっていました。えりちゃんは、ドングリや松ぼっくり、そして栗など、自然が置いていってくれたお土産が好きでした。白樺の木なんかは、ぽろぽろと剥がれていく幹を楽しそうに剥がしていました。

香絵 「えりちゃん、今度、お姉さんと一緒にどんぐりでオブジェ造ろうか・・・?」

えり 「オブジェってなに?」

香絵 「どんぐりや木の実だとか、葉っぱだとか、木の枝とかでお皿だとか飾りを造るんだよ。えりちゃんも好きなものを造るんだよ。えりちゃん、なに造ろうか?」

えり 「んー・・・、解んない・・・」

剛 「香絵ちゃん、事務所の方はいいのかい? 仕事しないと、クビになっちゃうぞ?」

香絵 「平気、平気、今、うちの先生、高校野球見てるから・・・。ねっ、おじさん、今度、いっぱいどんぐりと木の実、採って来てね」

剛 「ああ、任せとけ! 今度、えりちゃんにすっごく綺麗な、おっきなどんぐり、拾ってきてあげるからね」

香絵 「あれ? おじさん、私にも忘れないでね・・・」


  偶然にも香絵ちゃんの恩師がえりちゃんの担任の先生であった為、香絵ちゃんは時間を見つけて恩師の関川先生を訪ねました。

香絵 「関川先生、お久しぶりで〜す」

関川 「あれっ、なんだ、香絵じゃないか、また、ずいぶんと色っぽくなって、先生、気が付かなかったよ」

香絵 「そう言ってくれるの、先生だけだわ。先生、まだ、教頭になれないの?」

関川 「なれないんじゃなくて、ならないんだよ。教頭や校長なんて仕事は、するもんじゃないよ」

香絵 「先生、全然変わってないね。安心したよ。ところでね、『高橋えり』って子、いるでしょ?」

関川 「いるけど、どうかしたのか?」

香絵 「最近よく、私のダーリンの店に来るんだぁ〜」

関川 「なんだ? 香絵にもダーリンが出来たのか? 世の中、物好きな人もいるもんだねぇ・・・、どこの店の人だ?」

香絵 「駅前商店街の『アンティークハウス』だよ」

関川 「な〜んだ。あそこなら、女房がこの前、たんすを買ったところだよ。少し虫食ってて、それがまた、いいんだってさ。ところで、えりがどうかしたのか?」

香絵 「なんだか、見ていて可愛そうでね。あまり食事していないみたいだし・・・、服も洗ってもらってないみたいだしね。どうにかしてあげられないの? ねぇ、先生・・・」

関川 「あぁ・・・。それは先生も知っているんだ。家庭訪問の時、母親にもお願いしてるんだけどね・・・。母子家庭なんだよ。母親は地方出身で、この辺には親類もいないそうなんだ。夜の仕事で、身体もきついそうだ。あの子の面倒をもっと見てあげたいそうなんだけど・・・」

香絵 「福祉施設とかで面倒見てあげられないの?」

関川 「そう簡単には行かないよ。今、別に虐待されている訳ではないしね・・・。学童保育も薦めているんだけど・・・。最近、こんなケース、多くなってきてるんだよなぁ・・・。毎日、ブランド物をとっかえひっかえ着て来て、自慢している子供もいるし・・・」

香絵 「なんか、世の中、おかしくなっちゃったんじゃない? 先生、どうにかしてよ・・・」

 関川先生の話は、我々の想像通りでした。えりちゃんの母親は夜の仕事の為、えりちゃんが登校する時間は、まだ、寝ているそうです。えりちゃんは、何も食べずに、学校に来るそうです。関川先生が家庭訪問にアパートを訪れた時、えりちゃんの母親は出勤前で、部屋には男がいたそうです。なんと、えりちゃんは、ずっと外の階段に座っていたそうです。

 えりちゃんが店に来る様になってから一ヵ月程がたった日のことでした。店を姉に任せ、私は、まりこ美容室の床のタイルを修理していました。そこに救急車のサイレンが聞こえてきました。商店街の近くで交通事故があった様です。私は気にも留めず、剥がれた床のタイルにボンドを塗っていました。そんな時、私の肩が鏡の横に置いてあった、香絵ちゃんが作ったドングリのトレイに触れました。そのとたん、トレイは床に落ち、どんぐりはバラバラに壊れ、床一面に飛び散りました。その瞬間、私に不吉な予感が訪れました。

「ちょっと見てくる」

と言い、私は事故現場に走りました。現場にはすでに救急車は無く、警察が現場検証をしていました。車同士、出会い頭の衝突で、一台が弾みで歩道に乗り上げたそうです。それに歩行者が数人巻き込まれた様子で、割れたヘッドライトやバンパーがあちこちに散らばっていました。胸騒ぎが治まらない私の目に飛び込んで来たのは、散乱している破片の中にある、使い古した一足の子供の運動靴でした。歩道の端の方に、ぽつんと放置してある片方だけの運動靴は、見覚えのある穴の開いた靴でした。それは、あろうことか、えりちゃんの靴でした。愛らしい靴ひとつだけが持ち主のいないまま、そこに転がっていました。
 現場警察官に搬送先の病院を聞いた私は、急いで香絵ちゃんがいる事務所に走り、香絵ちゃんと一緒にえりちゃんが運ばれた病院へと向かいました。病院に着くと、そこにはえりちゃんの母親がすでに到着し、娘の様態を気遣っていました。母親は出勤前であったのか、夜の仕事独特の服装と化粧をしていました。えりちゃんが寝ているのであろう病室の外にいた彼女は、我々を見つけるなり、泣き出しそうな顔で深々と頭を下げました。我々の事はえりちゃんから聞いていたそうです。

「御礼にも伺わずすみません」

と、彼女は何度も何度も我々に頭を下げていました。そして、一粒のどんぐりを我々に見せました。それは病院に運ばれたえりちゃんがずっと握り締めていたどんぐりだそうです。少しして、母親が病室の中に呼ばれました。我々は、扉の向こうにいるえりちゃんが気がかりで、たまらない気持ちでした。

「えり! えり、・・・」

えりちゃんの母親が大声で泣き叫ぶ、悲鳴とも言える声が廊下に響きました。

母親 「えり、えり、ごめんね。ごめんね、えり、ごめんね・・・・、起きるんだよ、えり・・・、目を開けてよ、えり・・・、お願いだよ、えり・・・、ごめんよ、えり・・・」


剛 「なんてこった・・・」

香絵 「なんでだよ、こんなこと、あっていいのかよ。バカヤロー・・・」

 その後、えりちゃんが私の店に顔を出すことは二度とありませんでした。クッキーやケーキを美味しそうにほおばる笑顔を我々に見せてくれることはありませんでした。


第12話 少年野球

 えりちゃんの事故以来、香絵ちゃんは私の店に顔を出さなくなってしまいました。私は心配で、香絵ちゃんの勤務する会計事務所を訪れてみました。そこには、税理士の岡田先生が、なんやら忙しそうに電卓を壊れんばかりに叩きまくっていました。

剛 「先生、ご無沙汰しております」

岡田 「やぁ、ご主人、久しぶりだね、店の調子はどうだね?」

剛 「はい、おかげさまで、最近はお客さんが良く来てくれる様になりました。ところで、ここのところ、香絵ちゃんの姿が見えない様ですが、どうかされたのでしょうか?」

岡田 「そうなんだよ、ご主人・・・。あのえりちゃんの事が相当ショックだった様で、家でふさぎ込んでいるらしいんだ。あの子は、ああ見えても優しい心を持った子だからねぇ・・・。もっと早く、真剣にえりちゃんに手を差し伸べてやればよかったと、後悔しているそうだ。まあ、時間が経てば落ち着いて、元の元気な香絵君に戻ると思うけど・・・。それにしても、助手がいないと私は大変だよ」

剛 「先生も、香絵ちゃんの有難さが解りました?」

 えりちゃんの事故は、香絵ちゃんの心にとって、とてつもなく大きなショックとなっていました。香絵ちゃんにとって、身近な人が他界すること自体が、生まれて初めての経験でした。香絵ちゃんは、事故があった交差点を通り過ぎることも出来ず、口数も少なくなり、仕事を休む日々が続いていました。

 翌日の火曜日は店の定休日です。私は香絵ちゃんを骨董品の仕入れに誘ってみました。香絵ちゃんの両親も、これをきっかけに、彼女がショックから立ち直ってくれることを期待していました。当日の訪問先は山梨県の山の中です。車の助手席に座っている香絵ちゃんは、思ったほど落ち込んでいる様子はありませんでしたが、以前の元気さは、まだ、感じることが出来ません。出発して数時間後、私たちは目的地に着きました。訪問先は養豚農家でした。私たちは受け取った品物を車の荷台に詰め込み、帰ろうとした時です。豚を見ていた香絵ちゃんが農家の主人に何やら聞き始めました。

香絵 「この豚、みんな食べちゃうんですか?」

主人 「別に、今すぐは食べねーよ。もっと太らせねーとな」

香絵 「出荷する時、寂しくないですか?」

主人 「寂しいなんて思ったら、俺ら、メシ食えねーよ。でも、正直、子供の頃、そう思ったこともあったけなぁ・・・。まあ、こいつら、人間に食われる為に生まれてきたんだ。そう割り切るしかねーべー? だから、俺ら、こいつら生きてる間は大切に育ててんだ。めいいっぱい飯、食わせ、綺麗にしてやってんのさ。朝早くっから、夜遅くまで、こいつらに感謝しながら、餌、やってるさ。こいつら、今度、生まれ変わる時にゃ、豚なんかになりたくねえと思っているかもしれねえぞ。お姉ちゃんも男騙して悪いことすると、次に生まれ変わった時、豚になってるかもしれねーぞ」

 農家のご主人は、笑いながら香絵ちゃんの質問に答えてくれました。帰りの車の中、香絵ちゃんは私にぽつりと言いました。

香絵 「おじさん、えりちゃんも生まれ変わって来るのかなぁ・・・」

剛 「ああ、今度は幸せになるよ、きっと・・・。みんなで、そう願おうね・・・。ところで、香絵ちゃんの前世って、なんだったんだろうね。よく食べるから、豚だったのかな? 忘れっぽいところをみると、にわとりか? それとも、でかいクソするから、象さんだったりして・・・」

香絵 「なによ、それ! 失礼しちゃうわ! おじさん、私のクソ、見たことあるの?」

 香絵ちゃんは、翌日から、いつもの様に会計事務所に通い出しました。そして、仕事が終わってから、私の店の手伝いもしてくれる様になりました。そして、ある日のこと、会計時事務所の岡田先生が、私の店を訪れました。

岡田 「いやいや、ご主人、香絵君、元に戻ったよ。私も助かった。ところでご主人、野球をやっているそうで・・・、少々相談なんだが、少年野球をしばらく見てくれないだろうか? 日曜日の午前中なんだが、どうだろうか?」

剛 「いやぁ・・・、先生、日曜日は稼ぎ時ですもんで・・・」

岡田 「そうだよなぁ・・・。でも、一回だけでいいんだよ。それも、翌々の日曜日だけでいいんだよ。実はなぁ、私が面倒を見ている会社の人がコーチをしているチームなんだが、プロ野球の選手が来るそうなんだ。どこの誰が来るのかは知らないが、子供たちに野球を教えに来るそうなんだ。ところがだ、三人いるコーチが、よりによって全員、急用が出来てしまったそうなんだ。どうにか子供たちの保護者たちで格好をつけようと思っているんだが、なんと、野球経験のある人は、一人もいないってことなんだ。どうだろか、ちょっと、顔を出してもらえないだろか?」

剛 「それは皆さん、不安でしょうね。せっかく、プロ野球の選手が来るのに、ノック出来る大人の人が一人もいないなんて・・・。いいですよ。お手伝いしましょう。でも、一日だけですよ」

 岡田先生の話ですと、シーズンオフを利用して、毎年、数名のプロ野球選手達がボランティアで少年野球の各チームを回り、子供たちを指導しているそうでした。私が臨時コーチの依頼を受けた少年野球チームが所属する団体にも、順番が回って来て、翌々の日曜日が、その日に当たったそうです。私は、プロ野球選手が訪れる一週間前の日曜日、店を姉と香絵ちゃんに任せ、岡田先生から紹介された少年野球チームを訪問する事となりました。
 
 快晴の日曜日が来ました。少年野球をまとめ、リーダー的存在の工藤さんという父兄の方が私を出迎えてくれました。工藤さんは、チームの一員である小学5年生の男子児童のお父さんです。私よりも少し年下であろう工藤さんは、すっかり日焼けして真っ黒な顔をしていました。

剛 「はじめまして、岡田先生から紹介されました森田と言います」

工藤 「あぁ、どうもはじめまして。なんだか、お忙しいところ、無理を申し上げて、どうもすみません。いつも初めにキャッチボールをして、それから守備練習、打撃練習をしています。まあ、適当にだれか子供を捕まえて、キャッチボールでもお願いしますね」

 チームの子供たちは小学4年生から小学6年生までの皆同じ学校に通う児童たちでした。身体の小さい子から大きい子、痩せた子から太った子、様々な子供たち、総勢二十名ほどのチームでした。
 私は、まず初めに、比較的小柄な男の子とキャチボールを始めました。とても大きな声で挨拶が出来る元気の良い男の子です。でも、何故か、ユニフォームは身体に合わず、ぶかぶかです。この大沼君と言う少年のズボンには、裾を二つに折って縫い合わせている様子が見えました。大沼君は、身体の割に力強い球を投げる、とても気持ちの良い少年でした。数十球のやり取りが終わると、その小柄な少年は、帽子を取り、大声で「有難うございました」と私に礼を言いました。
 次に私は、背の高い男の子とキャチボールを始めました。小学6年生ですが、すでに私に近いほどの背の高さです。この坂下君と言う少年は、さっきの大沼君とは反対に、おとなしい子供でした。声は出しているのですが、離れると聞こえません。でも、身体つきに似合った速い球を投げました。坂下君の場合は、ユニフォームが小さ過ぎる様子です。ズボンは、やっと膝が隠れるほどのツンツルテンです。ボールを拾うのに前かがみになると、坂下君は背中が出てしまいます。それよりも、持っているグローブは、かなり古そうで、長年使い込んでいる様子が良く判りました。手のひらに当たる部分の革は破れ、一枚革の状態です。指と指との繋ぎは、素人が修理したのでしょう、今にもちぎれそうな有様です。それは、明らかにその少年よりもグローブの方が年上である様に感じました。坂下君は、挨拶の時、整列している時、常にグローブを隠すようにして身体の後ろに回していました。坂下君が、何故、そんな仕草をしているのか、なんとなく私には解ってきました。
 キャチボールも終わり、次に打撃練習が始まりました。私と工藤さんは、ベンチに腰掛け、子供たちのバッティングを見ていました。

剛 「父兄の方々、あまり見かけませんが、いつもこのくらいなのですか?」

工藤 「そうですね、皆さん、日曜日でも働いている方が多いですから・・・。私は幸にもサラリーマンですから、土日が休みですし、こうやって子供たちの面倒も見られるんですよ。ここの子供たち、いろんな家庭の事情を抱えた子供たちなんですよ。自前でユニフォームやグラブが買えるのは、半数程度ですかねぇ・・・。お下がりのユニフォームでも、古びたグラブでも、みんな、愚痴一つこぼさず、大切に使っていますよ」

 今の日本、国民は皆、中流で、貧困家庭など無くなっていると思っていた私でしたが、それは私の思い込みの様でした。この世の中、夏休みになると家族揃って海外旅行に出かける贅沢三昧の子供たちの様子かテレビに登場していますが、それは国民のほんの一部なのかもしれません。

 翌週の日曜日になりました。この日も雲ひとつない秋晴れです。朝早くから集まった子供たちは緊張している様子です。いつも顔を出さない父兄の方々もその日はそこにいました。前の週とは違い、多くの人たちがグランドに集まってくれました。そうこうしているうちに、プロ野球選手を引き連れた一行が数台の車でグランドに現れました。某、パリーグの現役選手三名と案内役の人々です。プロ野球のチームユニフォームを着ているので、選手なのは間違いないのでしょうが、残念ながら、私が知っている選手ではありませんでした。
 選手からの挨拶の後、早速、いつもの様にキャッチボールが始まりました。3名のプロ野球選手たちも子供たちに混じってキャッチボールを始め、子供たち一人一人丁寧に投球フォームを教えていました。私は、子供たちの中に入らず、全体の様子を見ていました。一人の選手が、あの背の高い、古びたグローブを持っている坂下君とキャチボールを始めました。そして、しばらくしてからです。

選手 「君、ボールをキャッチする時は、こうするんだよ」

坂下 「・・・」

選手 「君のグラブ、ちょっと見せて?」

坂下 「・・・」

選手 「ほほう・・・、なかなかいいグラブだね。柔らかくて、最高のグラブだ。これは使いやすそうだね。僕のグラブと交換してもらえないかな? これ、君にあげるからさぁ・・・」

 少年は困った様子でしたが、そのプロ野球選手は半ば無理やりにグローブを少年の物と交換してしまいました。そして、再び、少年とキャッチボールを始めました。

選手 「おお、いいグラブだ。もっと強い球投げろ!」

坂下 「はい!」

選手 「ナイスピッチ! それっ! ナイスキャッチ!」

坂下 「ナイスピッチ! それっ!」

選手 「よし、そのピッチング、忘れるなよ。はい、おしまい!」

坂下 「ありがとうございました」

 坂下君の挨拶は、遠く離れて見ていた私にも、はっきりと聞こえる声でした。その後の守備練習でも、挨拶の整列時でも、もう、坂下君はグローブを身体の後ろに隠すことはありませんでした。貰ったばかりのグローブをいつまでもいつまでも、感触を確かめる様に坂下君はじっと見つめていました。
 3人のプロ野球選手は、とても好感の持てる青年たちでした。その内の一人は、少年と交換した古びたグローブを手にはめたまま車に乗り込み、笑顔と共に去って行きました。


第13話 時代

 私が店を出している商店街は、駅前通りに位置しています。その為、昼間の主婦の買い物客が一段落すると、勤め帰りのOLやサラリーマンで賑わいを増す、比較的恵まれた環境にありました。そこでは、その駅前通りのお店、およそ百件による商店街振興組合が結成されており、組合員は互いに知恵を出し合い、助け合って商売をしていました。商店街では、数十年もの永きに渡り商売を続けている店もあれば、私の様につい最近商売を始めた店まで様々です。それでも、どの店主も分け隔てなく声を掛け合い、仲良く仕事をしていました。
 私の店の斜め向えは八百屋さんで、二代目の均ちゃんが奥さんと一緒に店を切り盛りしていました。35歳になったばかりの均ちゃんは、店が暇になると私の狭い店に入り込み、話し込むといった毎日が続いていました。均ちゃんより3歳年上の奥さんは、
「よくもまあ、毎日、毎日、話題が尽きないものだ」
と言い、呆れていました。そんな均ちゃんは、商店街振興組合の役員も勤め、ポイントカードの導入や、共通駐車券を提案するなど、組合員の信望も厚い人柄でもありました。その日も均ちゃんが私の店を訪れました。

均 「きのう、理事会の会合があってさぁ、写真屋の原本さん、店、たたむことにしたらしいんだ。仲間がいなくなるって、なんだか、寂しいよなぁ・・・」

剛 「何でまた、急に・・・?」

均 「そんな急に決めた訳でもないんだ。最近、客が少なくって、商売、やって行けなくなったらしいんだ。今は皆、デジカメだろ、原本さん、もう現像の時代じゃないって、ぼやいてたよ」

 以前でしたら、連休明けや運動会の後など、写真の現像を頼む多くの人々が、写真屋さんを訪れるものでした。今では写したその場で写真の確認ができ、家庭でプリントも出来る時代です。原本写真館には、成人式のシーズンを除くと、たまに証明写真を撮りに来る人がいるくらいしか、お客さんはいなくなったとのことでした。原本さんには、以前、古いカメラを直してもらった経緯があり、私も知らない仲ではありません。写真店をたたんだ後、どうされるかは誰にも告げていない様子でした。

均 「うちらも、どれだけスーパーに客を取られたことやら・・・。俺も時々、いやな夢、たまに見るんだ。朝、店開けてから、夜閉めるまで、一人も客が来ないっていう夢さ。それが毎日、続くっていう夢さ。汗、びっしょりかいて夜中に目が覚めるんだ。まあ、女房ときたら、横でグーグー寝てるけど・・・。そこで、女房の寝顔を見て、またまた、ため息だよ。剛ちゃん、今度、一緒に若いお姉ちゃんのいるとこ、遊びに行こうや・・・」

 商店街の人々は、郊外に出来た大型ショッピングセンターに対抗しようと必死でした。価格ではどうしても大型店には対抗出来ません。小さな店でしか出来ないサービスや、特徴を活かし、皆、工夫を凝らしていました。

均 「俺らは新鮮さが勝負だけど、剛ちゃんのところは逆だよな。新鮮な骨董品じゃあ、売れねえもんなぁ・・・」

剛 「今度、俺、仕入れに出たら、産直出来る農家、探してみるよ」

均 「そうかい? 頼むよ・・・」

そんな話をしていたら、均ちゃんの店の方から奥さんの大声が聞こえてきました。

奥さん 「こら、あんた、いつまでサボってるんだい、お客さん来てるんだから、仕事だよ!」

均  「女房も、新鮮だったらいいんだけどねぇ・・・。わかったよ、今、行くよ! そうだ、今度、剛ちゃんも組合の理事会、出てみないかい? そして、いろんな意見、聞かせてよ。その帰りでも、若いお姉ちゃんのところでも・・・」

奥さん 「あんた、なにやってんだい!」

均  「わかってるよ、今行くって・・・」

 翌日、私は原本写真館の前を通りました。店の中では年老いたご主人の原本さんが、後片付けをしていました。

剛 「ごめんください」

原本 「よう、森田さん、いらっしゃい」

剛 「きのう、八百屋の均ちゃんから話を聞きまして、私、驚きました。なんだか残念ですねぇ・・・」

原本 「あぁ・・・。時代の流れには歯がたたんよ。私も、もう、限界だ。もっと若かったら、他にすることもあるんだろうけどね。この歳になってしまうと、気力が無くなってねぇ・・・」

剛 「でも、以前の様に、壊れたカメラを直して下さったんですから、まだまだ、出来ること、ある様に思えるんですが・・・」

原本 「いやぁ・・・、詳しいのは古い物だけだよ。この老いぼれた身体じゃあ、新しい物なんか、チンプンカンプンさ。女房もおととし先に逝っちまったし、無理して店、続けることも無いのさ。祖父さんからの写真屋だったけど、とうとう、私でお終いさ。戦後の混乱も乗り越えて来たんだ。私の役目も終わったよ。ご先祖様だって許してくれるだろうさ・・・」

剛 「これからは、どうされるんですか?」

原本 「あぁ、上の息子のところで世話になろうと思ってるよ。今、千葉にいるんだけど、転勤族さ。下の娘は外国にいるし、この歳になって、言葉もわからん外国じゃあ、暮らせないもんなぁ・・・。

剛 「寂しくなったり、困った時には、いつでも戻ってきて下さいね。僕たち、出来るだけのことはしますよ」

原本 「あぁ、ありがとう。でも、そんな訳にゃぁいかんだろう。そうだ、いらない物ですまんが、時代物のカメラだ、貰ってくれないかい? 君の店に並べたら、欲しい人、いると思うよ。私には、もう、必要が無いからね・・・」

剛 「えっ、これ、ライカじゃないですか。お宝物ですよ。いいんですか?」

原本 「あぁ、いい物だから君にあげるんだ。君には、古くても価値がある物の見分けがつく。是非、貰ってくれたまえ・・・」

 原本さんは寂しそうでもありましたが、何か、大きな役割を終えた様なすがすがしさも表情に感じることが出来ました。私は原本さんの宝を有難く頂き、店に戻りました。別れ際、振り返ると、原本さんは再び片付けを始めていました。その後姿は、まさにセピア色の風景でもありました。

 私が店に帰ったのは、昼時を過ぎたころでした。店番をしていたはずの姉に代わって、そこには香絵ちゃんが座っていました。

剛 「あれ? うちの姉ちゃんは?」

香絵 「今、銀行に行ってる。おじさん、なかなか帰って来ないから、私、ここの前を通ったら、店番、頼まれちゃった。あれっ、そのカメラ、原本さんのおじいちゃんのじゃない?」

剛 「あぁ、今、挨拶に寄ったところなんだ。そしたら、これ、くれたんだ」

香絵 「原本さんのおじいちゃん、うちのおじいちゃんとは幼なじみで、私、小さい頃、よく、面倒見て貰ったんだ。なんだか、私、寂しいなぁ・・・」

剛 「原本さん、言ってたよ。自分の役割は終わったって・・・」

香絵 「ふ〜ん・・・、私の役割って、なんだろう・・・。ところで、おじさんの役割ってなに?」

剛 「俺の役割は、骨董品を売ることさ!」

香絵 「そうじゃなくってさぁ・・・、もう・・・」

剛 「別れもあれば、その分だけ出会いもあるさ。原本さんにも、きっと、新しい出会いがあるよ。若い女性、ゲットするかもよ」

香絵 「なによ、それ! 男って、いくつになるまで女、求めるの? あぁ、いやらしい! 私、もう、行くよ。お昼、食べてないんだからね・・・」

 数日後、私は均ちゃんに誘われて、振興組合の事務所で開かれる組合の理事会に出ることとなりました。理事会は武田さんと言う、お弁当屋さんのご主人が理事長を務め、その他、専務理事、常務理事と言った役員がいます。まるで、会社の役員会の様です。均ちゃんは会計主任だそうで、組合の会計全般を取り仕切る役割をしています。しかし、実際は、香絵ちゃんが勤めている会計事務所の岡田先生が実務をしているそうで、均ちゃんは、いったい何をしているのか、私には解りませんでした。理事長の武田さんは、ガッチリした体格の持ち主で、若い頃は学生運動のリーダーをしていただけあって、組合員をまとめる力には素晴らしいものがありました。

武田 「森田さん、今日は無理を申しましてすみません。今、この商店街でも整備計画がありまして、よく、地方に行かれている森田さんにも、色々とご意見を伺おうと思っているんですよ。なんせ、我々は、殆どこの商店街から外に出ないもんで・・・」

剛 「私でもお役に立てれば、何なりと言って下さい」

均 「そうそう、中山商店さん、今度、コンビニチェーンに加盟するそうだよ。今でも、なじみのお客さん、けっこう多いんだけど、これからは、やっぱり有名な看板が必要だなんて言ってたよ」

常務 「じゃあ、中山さんのおじいちゃん、あの派手なコンビニ服着て、『いらっしゃいませ』ってするのかい?」

専務 「ははは・・・、あのハゲ頭じゃ、似合わねぇーぞ」

均 「まだまだ、隠居はしねえよって言ってたよ。これからも、お客さんと世間話をしていたいんだってさ」

専務 「その気持ち、解るなぁ。俺と話をしたいって言うお客さんもいるし、買わなくてもいいから、寄っていきなよって声掛けること、あるもんなぁ・・・」

均 「ところで、理事長、補助金の方、どうでした?」

武田 「あぁ、今、役所の振興課、商工課、それに道路課で詰めているところだそうだ。なんせ、議会の森先生が、ついているから安心してるよ」

常務 「街路灯とインターロッキングの歩道整備で行くんだろ?」

専務 「デザインはどうする? デザイナーにコンペ方式で頼むか、それとも、基本は我々で造るか・・・」

武田 「我々の商店街だから、基本構想ぐらいは自分たちで考えようや。予算も限られるから、良く勉強しないとな。植栽は無しで考えるけど、いいかな?」

剛 「なんだか木が一本もなくなると寂しいもんですね。ある街では、植栽を多くして、夏の暑い時期に打ち水をしたりして、そこを歩く人には評判がいいそうですよ」

均 「そうだよな、ここらも、夏、暑いもんなぁ・・・」

専務 「植栽を入れると、枯葉の掃除が大変だよ。手入れも誰がするんだい? 枝が伸びりゃ、枝払いもしなきゃならんし・・・、毎年の経費、大丈夫かい?」

武田 「でも、みんな、自分の店の前、一日に一度も掃除しない日ってあるか? 手入れは植木屋の徳さんに頼めばいいじゃないかなぁ・・・。商店街の維持、管理は、基本的に自分たちでやろうや・・・。まあ、当然、組合である程度の支払いはしなきゃならんが、限られた予算だ、出来るだけ身内で回そうぜ。」

常務 「そうだよな、みんな、暇を見つけては、ちょこちょこホウキで掃いたり、水まいたりしてるよな。そのついでと思えば、別に枯葉の掃除ぐらい、いいんじゃないかな?」

均 「金が無かったら、商店街の人たち、総出で枝払いすればいいじゃん。脚立や梯子だったら、徳さん以外でも電気屋の西野さんからも借りりゃあいいじゃん」

専務 「それもそうだな。じゃあ、何植える?柿の木でも植えるか?」

均 「だめだよ、果物の生る木なんて植えちゃぁ・・・。そんな事したら、うちの商売、上がったりだよ」

剛 「以前、この辺りでは、どんぐりの生る木が多かったと聞いていますが、いかがですか? 通りの名前も『どんぐり通り』なんて言うのもどうでしょう?」

均 「いいねぇ・・・。ついでに『どんぐり通り商店街』なんてのに名前、変えちゃうかい?」

武田 「書類の関係上、名前をすぐに変えることは出来ないけど、なんだか、夢がありそうだね・・・。街路灯のデザインや、インターロッキングの色も、どんぐりに合わせて考え直すか?」

常務 「なんだか、今までお堅い感じだったけど、親しみが出ていいんじゃないかな?」

 何気ない無責任な私の意見でしたが、これほどまでも皆さんが賛同するなんて、私は思ってもいませんでした。そんな話をしていると、香絵ちゃんが組合の帳簿を持って現れました。そして、私に気付くなり、

香絵 「こんちワ! あれ? 何でおじさん、ここにいるの?」

武田 「森田さんから、今、大変貴重なご意見を頂いたところだよ。ところで、香絵ちゃん、なんだいその足は・・・。ちょっと出し過ぎだぞ!」

香絵 「やーだ、武田さん、そんなに見ないでよ」

武田 「見られたくないんなら見せるなよ」

香絵 「そんなこと言って、これから皆さんで駅裏のパブ、行くんでしょう? あぁ、いやらしい! 均ちゃん、また、口紅つけて帰って、奥さんに怒られるんじゃないわよ!」

均 「おいおい・・・、なんでそんなこと知ってるんだよ!」

専務 「ははは・・・、香絵ちゃんにかかったら大変だな」

 香絵ちゃんは、ここでも人気者でした。いったいあの明るさは、どこから来るのでしょうか・・・。その後、私たちは香絵ちゃんの言う通り、皆で駅裏のパブに繰り出すこととなりました。その晩は、片言の日本語を話す若いお姉ちゃんを横に、カラオケ三昧の夜でした。


第14話 老い

 春になり、私の田舎では雪が溶け、畑作業が忙しくなる季節です。突然、私に実家の母から電話がありました。

母 「あぁ、剛かい? 父ちゃんがね、ぎっくり腰やっちゃってさ、動けないんだよ。お前、急ですまないけど、畑の手伝いに来てくれないかねぇ・・・。この時期、どこの家でも忙しいから、人に頼むことも出来ないんだよ」

剛 「ああ、店は姉ちゃんに任せてりゃいいし、隆はもう中学生だから、少しぐらいだったら近くに姉ちゃんも居ることだし、心配ないけど・・・」

母 「父ちゃんも歳だからねぇ・・・。すまないねぇ・・・」

 いつかは実家の父も母も歳をとってゆくことは、私にも分かっています。家業の農家を私が継ぐ日が来ることも覚悟はしていました。ただ、隆のことを考えると、今すぐに東京を離れる決心がつきませんでした。幸、両親も元気に農作業を続けているので、私はそれに甘えてもいました。
 私は店を姉に任せ、しばらく実家に戻ることにしました。隆は独りでも大丈夫だと言って、姉の家から学校に通おうとはしませんでした。そこで、今まで以上に、姉は我が家で隆の食事の世話をしていましたが、いつしか、それに香絵ちゃんや真里子さんまでが加わって行きました。そして、仕事を終えた香絵ちゃんは、すっかり隆の家庭教師になっていました。香絵ちゃんは、我が家に来る度、隆の為に自分の家では決してしない食事の支度までしてくれました。隆の夕食は、香絵ちゃんと一緒の日が殆どの様でした。但し、献立はカレーライスばかりと聞いています。
 香絵ちゃんは、我が家に来ると必ず真っ先に咲子の仏前に線香を立て、手を合わせます。今時の若い女性には、こんな律儀な性格は珍しいことなのかもしれません。私や隆は、いつも感謝の気持ちでいっぱいでした。
 私の実家での農作業は2ヶ月ほど続きました。小さいときから作業の手伝いをさせられていましたし、中学の頃からトラクターは運転していました。いつ、家業を継いでも問題はありません。私は農作業の合間に、店の仕入れに回ったりもしていました。そして、時間を見つけては、東京に戻ったりしていました。しかし、私一人、行動範囲がどうしても限られてしまいます。お客さんの要望になかなか応えられなくなっていました。やはり、アンティークショップと農業の両立は無理の様です。
 
 父の具合が良くなったのを見計らい、私の生活は元に戻って行きました。隆の夏休み、今までの感謝のつもりで、香絵ちゃんと真里子さんを長野県の実家に招待することにしました。田舎暮らしをした事がない香絵ちゃんは、とても喜んでくれました。実家は古い家だけど、寝る場所はたくさんあります。香絵ちゃんにとってテレビでしか見たことがない囲炉裏もあります。鮎やニジマスも近くの川で釣ることが出来ます。鹿、いのしし、猿、そして熊まで、天然物が存在しています。真里子さんは、露天風呂を楽しみにしています。隆と香絵ちゃん、真里子さんの4人で、車の中はすっかりキャンプに向かう気分でした。
 実家に着くなり、古い家の奥の方から「ボーン、ボーン」と、柱時計の時を知らせる音が響いてきました。

香絵 「うぁ〜、すっご〜い。ねぇ、ねぇ、あれ、ほしい〜」

父も母も、あっけに取られたように香絵ちゃんを眺め、微笑んでいました。

香絵 「ねぇ、ねぇ、隆、牛だよ、あっちに牛がいるよ。見に行こうよ」

隆 「やだよ。臭いから・・・」

香絵 「何言ってんのよ。いいから行こうよ」

 香絵ちゃんは、無理やり隆を連れて、隣の農家にいる牛を見に飛び出して行きました。
 夜になり、父が買っておいてくれた花火を始めました。皆、もう花火で遊ぶ年頃でもないのに、香絵ちゃんを中心にしてにぎやかに楽しみました。

香絵 「え〜、すっごい星だね〜。本当に降ってきそうだよ。隆、みてごらん。あれが北斗七星で、あれが北極星で、あと、あれ、なんだっけ・・・?」

皆、風呂上りに、畑で取れたばかりのスイカを食べていました。そこへ、何か、黒い物が飛んで来ました。
香絵 「キャー! ゴキブリ」

真里子 「香絵、違うよ。よく見てごらん」

香絵 「え? もしかして、カブトムシ?」

剛  「懐かしいなぁ・・・。なんだか、昔の友達に会ったみたいな気分だよ」

香絵 「カブトムシって、飛ぶんだねぇ」

隆  「クワガタだって、飛んで来るよ」

父  「でも、最近は、蛍の居る場所もすっかり少なくなっちまったよ」

母  「どうだい? うちで取れたブドウだよ。明日はメロンも取ってきてあげるね」

香絵 「すっごーい・・・。私、ここの娘になりた〜い・・・」

翌日、真里子さんは私の母と、近くの町営温泉に行きました。香絵ちゃんは隆の案内で、渓流釣りに出かけました。その間、私は、父の農作業の手伝いをしていました。

剛 「父ちゃん、腰の具合はどうだい?」

父 「ああ、もう大分いいんだが・・・、しばらくは重いものが持てねえし、不便だよ。機械だけじゃあ、畑仕事、出来ねえからなぁ」

剛 「これからは、おれ、チョコチョコ来るよ」

父 「いやあ、無理せんでいい! どうせ、俺と母ちゃんだけの二人暮らしだ。もう、そんなに稼ぐ必要もねえよ」

 真夏の強い光は、野菜や果物をどんどん成長さています。しかし、それと同じくらい、雑草も生い茂り、害虫も発生します。ちょっとでも気を抜くと出荷できない程の被害を受けたり、品質が落ちてしまったりします。また、大雨や、強風といった、自然災害の危険も常に存在します。農家にとっては、作物を収穫し、出荷が終わるまで気を抜くことが出来ません。私が畑で父と、こんな話をしていると、隆と香絵ちゃんが釣から戻ってきました。

香絵 「おじさん、おじさん、ほら見て、見て、すごいでしょう」

香絵ちゃんは、自分の首にぶら下げていた魚篭(ビク)の中を自慢気に見せました。

剛 「どれどれ、おぉ・・・、隆、今日はずいぶん大きいのが釣れたな。お前も、腕上げたな!」

香絵 「なに言ってんのよ、これ、全部、私が釣ったんだから・・・。隆の分は、自分で持ってるわよ」

隆 「香絵ちゃん、魚、釣れる度に大騒ぎするんだから、こっちは全然釣れなかったよ。ハリ、外すの、全部、僕がやってあげたんだよ」

香絵 「当たり前でしょ、あんた、男なんだから・・・」

父 「おぉ、隆もなかなかの成果じゃないか」

隆 「ほら、香絵ちゃん、こんなのもいたよ!」

香絵 「えっ、キャー!」

隆 「ほれ、ほれ、・・・これも美味しいよ!」

香絵 「キャー、やだ、やだ!」

 隆はあぜ道から顔を出した蛇を見つけると、それを捕まえ、香絵ちゃんをからかい、追い掛け回していました。

その晩は、隆と香絵ちゃんが釣った魚の塩焼きが食卓に並びました。
みんな有意義な三泊四日の旅でした。


第15話 初恋

 まりこ美容室の真里子さんは、最近、温泉旅行に凝っているそうです。私の実家に行った時の露天風呂が忘れられなくなってしまったのでしょう。美容室はお弟子さんに任せ、友達同士、ご主人抜きで、熊が出そうな山奥の露天風呂に浸かるのが楽しみだそうです。
香絵ちゃんは、今のところ全く結婚願望がありません。相変わらず多くのボーイフレンドが彼女の誕生日に贈り物を貢いでいる様子です。そして、たまにその一部が私の店に並ぶことがあります。
「おじさんとなら、結婚してもいいよ」
なんて、嬉しいことを言ってくれますが、歳が十八才も離れています。いくら私でも本気にはなれません。また、正直なところ、咲子への遠慮があるのかもしれません。
 一方、隆は高校の受験勉強に励みながら、新聞配達を始めていました。雨の日も、風の日も、そしてどんなに寒い雪の日も、暗い内から起き出しては商店街で新聞を配り回っていました。時には帰り道、朝早くから働いているお豆腐屋さんやパン屋さんからおすそ分けを頂き、帰って来ることもありました。
 アンティークショップの売り上げも順調になり、なにかと忙しかったこの年も、残るカレンダーの枚数があとわずかになっていた頃でした。真里子さんが、温泉旅行のお土産を持って、私の店を訪れました。

真里子 「剛さん、こんにちは。これ、新潟のお土産、少ないけど、隆君と食べてね」

剛  「あれ、真里子さん、また温泉だったの? どおりで、お肌ツヤツヤだと思ったよ。これ以上綺麗になって、どうするの?」

真里子 「いつも嬉しいこと言ってくれるね、あんたは・・・。ところでね、隆君、最近様子はどう?」

剛  「別に、普段と変わりないけど、隆がどうかしたの?」

真里子 「実はねぇ、夕べ、旅行から帰って来た時、駅前で隆君のこと見たの。女の子と手を繋いで、歩いていたけど・・・。気まずい思いをさせちゃったら可愛そうだから、別に声も掛けずにいたけどね・・・。剛さん、知ってた?」

剛  「いや・・・、俺、初耳だよ。隆もそんな年頃になったんだ・・・。俺の場合は、野球ばっかりしていたから、隆の年頃の時には、女と付き合うなんてことは無かったし、経験ないからなぁ。どうしたらいいんだろう、真里子さん・・・」

真里子 「別に、放っておいて、いいんじゃない? でも、もし、帰りが遅くなってきたり、訳のわからない事言い出したら、要注意だよ。相手の子も、真面目そうだったから、心配ないよ」

剛  「それならばいいんだけど・・・。俺、男女交際は、ほんと、経験不足だからなぁ・・・」

真里子 「じゃあ、剛さんって、奥さんが初めての女性?」

剛  「自慢して良いのかどうか解らないけど、最初で最後さ」

真里子 「どおりで、あんた、香絵の気持ちが解らないはずだよ」

剛  「えっ、香絵ちゃんの気持ちって?」

真里子 「いや、そんなのどうでもいいの・・・。それよりも、隆君のこと、よく見ておくのよ」

 時が経つのは早いものです。隆に彼女が出来ていたなんて、隆はもう、そんな年頃なのでした。よく考えると、咲子を亡くし、十年になります。私にとって悲しい気持ちは、あの頃とちっとも変わっていませんが、どれほど回りの人々に助けられていたことでしょうか。

 隆が付き合っていた彼女は、同じクラスの同級生でした。その女の子は美穂と言い、常にクラスで一、二番を争う程の成績優秀な可愛い女の子でした。美穂の父親は、老舗呉服屋の三代目で、美穂は何不自由無く、お嬢様として育てられていました。美穂の父親も三代目と言うこともあり、周りにチヤホヤされていたせいか、世間知らずな部分もありました。友人に借金の保証人を頼み込まれた人のいい美穂の父親は、それを断ることも出来ず、借用書の保証人欄に判を付いてしまいました。しかし、その友人は借金を残して行方不明となり、保証人である美穂の父親がその借金を返す羽目となってしまいました。でも、借金の額は膨大です。所有していた店やビル、土地はおろか、家族と暮らす家までも手放すことになってしまいました。それでもまだ借金は残り、美穂の家族は途方にくれている状態でした。そして一家は、次第に、心身共に追い詰められた生活に代わっていった様子でした。

隆 「美穂は、高校、どこにするの? 俺と違って、美穂は頭がいいから、どこ受けても合格、間違い無しだよな・・・」

美穂 「そんなこと無いよ。ほんとは、私、高校どころじゃないかもしれないんだ・・・」

隆 「・・・?」

美穂 「うちのお父さん、なんだか仕事、苦しいらしく、借金抱えて悩んでるんだ。だから、お母さん、毎日不機嫌で・・・。うちにはお金が無いって、いつもぼやいているの・・・。私にもヤツ当たりするし・・・。夕べも、お父さん、ご飯食べようとしたら、『お米が減る』って、お母さん怒鳴ってた。私、もう、うんざり・・・。お父さん、いつ死んでもいい様に、生命保険だけは、ずっと掛け続けるって、お母さん、言ってるんだ・・・」

 美穂は幼い頃の父親との思い出を思い出していました。父親は休みになると、必ず美穂を遊園地や動物園、水族館に連れて行ってくれました。海や山にも連れて行ってくれました。そんな時の父親が自分を見ている笑顔からは、溢れんばかりの愛情を感じることが出来ました。美穂には父親とどこかに行った記憶が多い反面、母親と出かけた記憶がありません。いつもの父親との外出には、母親の姿はありませんでした。世間では、母親と買い物をする女の子の姿がよく見受けられますが、美穂の場合、そんな記憶さえありませんでした。

隆 「お金って、無ければ無いなりに工夫すればいい、助け合えばどうにかなるもんだって、うちの父さん、よく言ってるけど・・・」

美穂 「うちのお母さん、うちが裕福だったから、お父さんと結婚したんだって・・・。それが、今みたいに、こんな風になるなんて、思ってもいなかったって、いつも愚痴こぼしてるよ。お父さん、お母さんに何を言われても黙っているだけで・・・。私、今、お小遣い貰ってない事お父さん知っていて、きのう、そっと私に千円くれたんだぁ、『お母さんには内緒だよ』って言って・・・。お父さん、お昼も食べていないみたい・・」

隆 「うちの父さん、店の売り上げがあまり無い時、高田さんに世話になってたみたいだよ。夜中に働きに出ていた時なんか、俺、おばちゃんちに行ってたよ。それでも、だれも何も言わなかったけど・・・」

美穂 「いいなぁ・・・、隆んちは・・・」

隆 「美穂には、父さんも母さんもいるじゃないか・・・。俺んちは、母さん、いないし・・・。俺、5歳の時死んじゃったから、あまり覚えてないし・・・」

美穂 「でも、隆のところ、いろんな人来るじゃない・・・。香絵さんって言うお姉さんや、まりこ美容室の先生や、税理士さんから、八百屋さんから、商店街の人たち、いっぱい来るじゃん・・・。羨ましいよ。うちも、以前は、いろんな人来てたけど、お父さんに借金が出来たとたん、誰一人、来なくなっちゃたよ」

隆 「うちも、父さん、借金したら、誰も来なくなるのかなあ・・・」

美穂 「なんだか、人って、寂しいね・・・」

隆と美穂は、暗い道をゆっくりと、ふたり手を繋ぎ、美穂の自宅へと歩いて行きました。

 その年も残り少なくなってきた頃でした。隆も、もうすぐ冬休みです。高校受験の勉強にも力が入っていた時でした。我が家では、朝、いつもの様にテレビをつけ、NHKの朝のニュースを聞きながら、二人揃って朝食を摂っていました。その時、テレビから、

「昨夜、未明、東京都○○市の路上に『男性が倒れている』と、付近を通ったタクシーの運転手から警察に通報がありました。警察の調べによりますと、倒れていた男性は、近くに住む・・・・・・」

 このテレビから流れたニュースを聞いていた隆は、急に箸を放り投げる様にして、いきなり何も言わず、外に飛び出して行きました。その数分後、冷蔵庫の上に置いてあった私の携帯電話が鳴り出しました。
「こんな朝早く、いったい誰だろう・・・?」
隆はわけも分からず急に飛び出して行ってしまうし・・・、私には何が起こっているのか、全く理解出来ていませんでした。電話の主は、香絵ちゃんでした。

香絵 「もしもし、あっ、おじさん? 隆は?」

剛 「なんだか知らないけど、今、飛び出して行ったよ」

香絵 「おじさん、今、ニュース見た? 隆の彼女のお父さん、飛び降り自殺だよ」

 私はようやく、隆の行動の意味が解りました。と言っても、私には何もしてやることが出来ません。ただ、隆を信じ、人として当たり前のことをしてほしいと願うのみでした。

香絵 「私、二人のこと知ってるから、私に任せて・・・」

剛 「ああ、香絵ちゃん、頼むね・・・。とりあえず、俺、店に行くから・・・」

 隆は美穂が心配で、無我夢中で美穂の元に走って行ったそうです。しかし、隆が美穂の自宅にたどり着いた時には、すでに美穂は母親と共に警察に向かった後でした。美穂と彼女の母親が、亡骸となった父親と共に警察から戻ったのは、すでに暗くなってからのことでした。その間、隆は、じっと美穂の帰りを木枯らしが舞う彼女の自宅前で待っていたとのことでした。そんな隆の傍らには、香絵ちゃんがずっと付き添っていたそうです。

 美穂の母親は、「費用がかかるので葬儀はしない」と強く言っていたそうです。それでも親類の手により、葬儀は慎ましく行われました。そして、美穂の父親は、限られた人に見送られながら、先祖代々の墓に埋葬されました。支払われた生命保険から借金を返済しても、美穂たちには、ある程度のまとまった金額が残りました。その日も暗くなった道を、隆と美穂は手を繋いで歩いていました。

美穂 「隆、高校、どこにするか決めた?」

隆 「あぁ・・・、俺、都立にするよ。美穂は?」

美穂 「私、アメリカに行く」

隆 「でも、アメリカの高校って、9月からじゃない?」

美穂 「うん、でも、英語の勉強もしたいから、四月から行くの・・・。お父さん、私にお金、残してくれたし・・・」

隆 「そっかー・・・、じゃあ、もう会えないんだね・・・」

美穂 「そんなこと無いよ。必ず会えるよ、生きていさえすれば・・・」

隆 「そうだね、生きていれば、いつか、どこかで、会えるよね」

美穂 「そうだよ。必ず会えるんだよ・・・」

 美穂には、アメリカに頼る親戚も知人もいませんでした。自分独りで、留学に関する手続きや手配を行いました。そして、小さなボストンバックとわずかなお金を持って、ひとり異国へと旅立って行きました。美穂は出発の日、彼女の母親にぽつりと言いました。

「お母さん、お父さん死んで、お金入ってよかったね・・・」

この言葉は、美穂が母親に発した最後の言葉でした。その後、アメリカに旅立った美穂からは、一度たりとも母親に連絡をすることはありませんでした。


第16話 お彼岸

 とうとう、隆の高校受験の日が来てしまいました。隆はどうしても英語に自信がありません。前の晩まで一生懸命に単語を暗記していましたが、今さら覚えられる訳もありません。おかげで、少々寝過ぎてしまった様です。そんな慌しい中、香絵ちゃんが来ました。

香絵 「たかし、隆、何やってんのよ! 早くしないと遅刻だよ」

隆 「駅まで走れば大丈夫だよ」

香絵 「そんなこと言ってないで、私の自転車に乗りな!」

なんと、香絵ちゃんは隆を自転車の後ろに乗せて、駅まで行くとのことです。

隆 「だめだよ、自転車の二人乗りは禁止だよ」

香絵 「バカだね! そんなこと言ってたら、遅刻するよ。いいから早く乗りな! 立ち乗りだよ!」

 香絵ちゃんは隆を自転車の後ろに乗せて数十メートル走ったでしょうか、おぼつかない香絵ちゃんのハンドル裁きに耐えかね、今度は隆が香絵ちゃんを自転車の後ろに乗せ、駅まで向かうこととなりました。駅に向かう途中の商店街では、

香絵 「どいて、どいて! 急いでるんだから・・・」

八百屋 「おっ、今日はお受験だな、隆、がんばれよ!」

パン屋 「あれじゃあ、隆、テスト前に疲れきっちまうぞ!」

花屋 「意外と、いいカップルね!」

真理子 「・・・?」

岡田 「・・・?」

二人はどうにか無事に駅に着きました。

香絵 「あぁ・・・よかった、間に合った。ほら、弁当とお守りだよ」

 香絵ちゃんは自ら作った弁当と、お守りを隆に渡しましたが、なんと、そのお守りは巣鴨地蔵のお守りでした。

 早朝の軽い運動が良かったのでしょうか、隆は試験問題に集中することができ、自分の力を発揮できた様です。そして、合格発表の日がやって来ました。隆は発表会場の掲示板の前に立っていました。何故か、そこには香絵ちゃんも一緒でした。

隆 「あまり、くっつかないでよ・・・」

香絵 「なに、照れてんのよ! 誰も恋人同士って見てないわよ」

隆 「事務所、忙しいのに、わざわざ来るんだから・・・」

香絵 「ほら、あったよ! 隆の名前、あったよ!」

隆 「そんなに大声出さなくたっていいよ・・・」

香絵 「すぐに、おじさんに電話、しなきゃね」

 香絵ちゃんからの電話に、私は、とりあえずほっとした気持ちでしたが、受験の日とは言え、合格発表の日とは言え、心の底から香絵ちゃんには感謝していました。まさに香絵ちゃんは、隆の母親代わりになっていました。それも、兄弟でもあり、友達でもあり、母親でもある様な関係に私たちは感謝と幸せな気持ちで満ち溢れていました。

 三月も中旬を過ぎると、確定申告も終わり、香絵ちゃんも忙しさから開放されていました。私は、また、香絵ちゃんを長野の実家に招待することにしました。咲子は実家近くの墓地に私の先祖と共に眠っています。お彼岸の墓参りをして、隆の高校合格の報告をしなければなりません。今回、真理子さんは一緒ではありませんでしたが、車の中は、絶えず笑い声で満ち溢れていました。
 実家に着くと、いつもの様に私の父と母が出迎えてくれました。なんだか、二人とも、また歳をとった様に感じてしまいました。

父 「隆、高校、決まったんだってなぁ、よかった、よかった・・・」

母 「香絵さん、なんだか、随分と隆が世話になっているそうで、本当に有難うございます」

香絵 「いいえ、私は全然、お世話してるなんて思っていませんから・・・、自分独りで楽しんでいるだけで、かえって迷惑かけているんですよ」

母 「まあぁ、そう言ってくれると嬉しいですよ・・・。どうぞ、また、ゆっくりとしていって下さいね。自分の家だと思って、全然遠慮しないで下さいね」

 周りの山々には、まだ残雪が春の光に霞んで見えていましたが、里の畑では、すっかり雪も消え、農作業の準備が着々と進められていました。私たちを出迎えてくれた両親も、農作業の途中に手を休め、昼食を共にしたら再び作業に入るつもりでいました。

剛 「父ちゃん、俺、昼食べたら手伝うけど、今、何してるんだい?」

父 「ああ、今日は天気もいいし、土お越しをしてるよ」

剛 「じゃあ、俺、その続きでもするか・・・。隆と香絵ちゃんは、釣でも行くのか?」

香絵 「私、今日、おじさんの手伝いしたい! だめ?」

剛 「別にいいけど、鍬で畑を耕すんだぞ、でも、せっかくだから、トラクターの操縦でも教えてあげるよ」

香絵 「わー、やったー・・・。 隆、一人で行っといで!」

隆 「じゃあ、僕は化石探しに行くよ。うるさいのがそばにいない方が、集中出来て、収穫が多いかもね!」

香絵 「なに? 隆、うるさいのって、私のこと?」

 私の両親にとっては、久しぶりの賑やかで楽しい昼食となりました。その後、隆は化石採集に近くの川に向かい、私と香絵ちゃんは、両親を家に残し、農作業に出かけました。母の作業着に着替えた香絵ちゃんは、すっかり農家のお嫁さんの様です。長靴にゴム手袋、それに、ひさしの長い帽子をかぶっている姿は、似合い過ぎる程、似合っていて、自然と笑いが込み上げてきてしまいます。
 畑に着いた私たちは、早速、農作業に取り掛かりました。私はトラクターに乗り、畑を端から端へと移動します。機械の入りきらない畑の端の部分は、香絵ちゃんが鍬を持ち、手作業で畑の土を起こします。香絵ちゃんは額にうっすらと汗をにじませながら、黙々と土を起こしていました。
 ある程度、作業が進んだ頃でした。私は香絵ちゃんをトラクターに乗せました。私は香絵ちゃんが座る運転席の横に立ち、まずは操縦方法を説明し、さあ、出発です。操縦レバーを握り締める香絵ちゃんの手の上に、私は自分の手をそっと添えました。香絵ちゃんと私は、もう、長い付き合いになっていますが、肌と肌が触れ合うのは、この時が初めてでした。香絵ちゃんの手は、なんと柔らかく、暖かかったことでしょうか。

香絵 「動いた! 動いた! ワー・・・」

剛 「そうだ、その調子だ。今度はもっと、スピードを出すぞ」

香絵 「キャー! ワーイ、ワーイ!」

すっかりペーパードライバーになっている香絵ちゃんでしたが、けっこうトラクターの操縦の呑み込みは早く、少しの練習でもすっかり独りで操縦出来るまでになってしまいました。

剛 「うまい、うまい、大したもんだよ」

香絵 「どう? これならいつでも、剛さんのお嫁さんになれるでしょう?」

剛 「・・・?」

 畑の横は、山林になっています。時期が来るとタケノコや山菜も採れます。しかし、山の手入れはしばらくされている様子はありませんでした。両親にとって、山仕事は体力的にきつくなってきているのかもしれません。私たちは気になって、二人、林の中へと入って行きました。しばらく歩くと、急に山鳥がバタバタバタと大きな羽の音を立てて我々の足元から飛び出しました。

香絵 「キャー!」

なんと、私の前を歩いていた香絵ちゃんは、びっくりして振り返りざまに私に抱きつきました。

香絵 「びっくりした〜」

 私の胸に飛び込んだ香絵ちゃんは、なかなか離れようとしません。私の身体をぎゅっと抱きしめる胸の中の香絵ちゃんは、なんと柔らかく暖かかったことでしょう。そして、ほんのり香る香絵ちゃんの長い髪の香りに私の心臓は音を立てて動き出しました。

香絵 「剛さん、これからは、『つよしさん』って呼んでもいい?」

剛 「別に、かまわないけど・・・。でも俺は・・・」

私は返す言葉に困っていました。すると、私の胸の中にいた香絵ちゃんは急に離れ、

香絵 「こら、つよし、行くぞ!」

剛 「なんだよ、『さん』ぐらい付けろよ」

香絵 「はいはい、つよし様」

 いつもの明るい香絵ちゃんに戻って、私はほっとしましたが、彼女の心の奥を見た様な気がしていました。そして、私は、そんな彼女の心を受け止めてあげたい気持ちにもなって行きました。

翌日、私と隆は、咲子の墓参りに出かけました。香絵ちゃんは、母と家で、オハギを作って待っているとの事でした。

母 「香絵さんは、恋人とか決まった人はいるの?」

香絵 「恋人はいませんが、今、片思い中ですの・・・。お母さんには言っちゃいますが、剛さんのこと・・・」

母 「あら、まあぁ・・・」

香絵 「でも、剛さんには、全然その気が無いみたい・・・。奥さんのこと、まだ忘れられないのかもしれません・・・」

母 「でも、香絵さん、剛はもう、40を過ぎたおじさんよ。貴方は、まだまだ若いのに・・・。なんでまた、剛なんかに・・・?」

香絵 「いいんです、お母さん。今までどおりでいいんです。気にしないで下さいね。ところで、このお味、これでいいかしら・・・?」

母 「そうねぇ・・・、味はこれでいいんだけど・・・」

 その頃、私と隆は咲子の眠る墓の前にいました。墓はよく手入れがされている様子で、けっこう綺麗になっていました。私たちは墓前に花を沿え、線香に火を灯し、静かに手を併せ、目を閉じました。私はゆっくりと目を開けると、目の前に一粒のどんぐりが置いてありました。秋でもないのに、何故、どんぐりがそこにあるのでしょうか。それも、ピカピカのどんぐりです。さっきまで、私たちには全く気付かれることなく、どんぐりはそこにあったのでした。

剛 「あれ? なんでどんぐりがここにあるんだ?」

隆 「あっ、ほんとだ。母さんかなぁ・・・」

剛 「母さん、きっと、隆の高校進学、喜んでくれているんだよ」

隆 「そうなのかなぁ・・・。とりあえず、貰っておくね、母さん」

  隆は、そのピカピカなどんぐりをズボンのポケットの中にしまいました。そして、家に帰ると、お昼は香絵ちゃんと母が作ったオハギでした。大きな皿に盛り付けられた色々な大きさのオハギは、様々な形をしていましたが、とっても美味しいオハギでした。

 午後になり、私は隆と香絵ちゃんをかつて咲子と散策した、裏山の白樺林に連れて行きました。雪はすでにすっかり消えていましたが、雪解け水は遠くの山から絶え間なく流れ込み、春先にしか現れない小さな小川を作っていました。水芭蕉はもう、大きく成長し、独特の美しさはありませんが、周りのふきのとうとも重なり合って、北国の森の中らしい、すがすがしさを感じさせていました。

香絵 「わ〜、綺麗・・・。ねぇ、ねぇ、隆、剛さん、一緒に手を繋ごうよ!」

隆 「やだよ、そんなの・・・」

剛 「隆、そんなこと言わないで、手、繋いで歩こう!」

香絵 「そうだよ、隆、ねっ、剛さん?」

 香絵ちゃんは、急に私たちと手を繋いで歩こうと言い出しました。そして、私たちは香絵ちゃんを真ん中に、三人、仲良く手を繋いで、春の眩しい光が降り注ぐ中、白樺林を奥の方へと進んで行きました。その時の香絵ちゃんの笑顔は、なんと幸せそうであったでしょうか。照れくさそうな隆の顔も、幼い頃そっくりの笑顔です。その時の私にとって、咲子のことを思い出すことはありませんでした。まさに、三人が一緒の家族そのものの様に感じ、幸せな気持ちで満ち溢れていました。

隆 「なんだか、なかよし家族だね」

香絵 「ほんとだね、隆もたまには良い事、言うね!」

隆 「でも、香絵ちゃん、いつかはお嫁に行っちゃうんでしょ?」

香絵「・・・・・」

隆 「香絵ちゃん、いなくなると、寂しいな!」

香絵 「大丈夫だよ。隆が私より綺麗な人、お嫁さんに貰うまで、私、そばにいるよ」

隆 「香絵ちゃんより綺麗な人、見つけるのは簡単だけど・・・」

香絵 「なんで、簡単なんだよぉ〜」

 香絵ちゃんは、隆の優しい言葉が嬉しかったのでしょう。香絵ちゃんの長いまつ毛がうっすらと濡れていく様子が、隣で手を繋いでいる私には解りました。そして、香絵ちゃんの手を握る私の手には、少しだけ力が入っている様でした。

 短かった長野の休日も終わり、私たち三人は、両親から野菜をいっぱい貰って東京に帰りました。先に荷物を持った隆をアパートに降ろし、私は香絵ちゃんを家まで車で送ることになりました。

香絵 「剛さん、私、今朝、奥さんの夢、見たの・・・」

剛 「えっ?」

香絵 「奥さん、私に何度も何度も、笑顔でお礼を言ってたの・・・。そして、『これからも、よろしくね』って言ってたの・・・。 嘘じゃないよ、ほんとに夢の中で言ってたんだから・・・」

剛 「ふ〜ん、そうだったんだ・・・」

 私は不思議な気持ちでいっぱいになりながら、香絵ちゃんの自宅前で彼女を車から降ろし、姉の家で預けていたクッキーを引き取った後、アパートに向かいました。そして、アパートの部屋に入り、ズボンのポケットから車のキーを取り出したら、なんと、そこにはキーと一緒に、一粒のどんぐりが出て来たではありませんか。

 自分の家に着いた香絵ちゃんは、自分の部屋に入るや否や、ベッドの上にドスンと横になり、ぼんやりと部屋の天井を眺めていました。でも、なんだか頭の後ろから首にかけて、硬い物がゴロゴロと当たります。何だろうと思い、手で探ったら、なんと、それは一粒のどんぐりでした。それも、ピカピカの大きなどんぐりでした。







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