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世界の鼓動
−--□■帰宅@■□--−
白いもやが肌に纏わりつく。 息がしずらい。 重い空気が肺を圧迫しているかの様。 ……ただ、薬のお陰か、頭が痛くなることも、意識が遠のく事も無かった。 丞鴻の腕に掴まり、ピッタリと体を寄せ体は前を向きながらも、 顔だけは横を向いたり、上を向いたり、後ろへ向いたり。 …誰かが私の肩を叩いても白いもやに紛れてしまえば、もう誰だか分からない。 一寸先は白。 頭の中で、誰かに追い掛けられる想像をして背中がゾクゾクする。 《……おや?》 何か…幻聴、だろうか…? 歩きながら後ろを向いているのは目と首が痛いのだが、確かに、何か、一瞬聞こえた…誰かの足音。 ちょっと耳を澄ませていれば、……やっぱり聞こえる。 勘違いなんかじゃない。 確かに、それは、だんだん大きく、速くなって来ている。 丞鴻も気がついたらしく、隣で止まった事が分かった。 真っ白の視界は何も捉える事が出来ない。 頼りになるはずの聴覚も、今は恐怖を煽るものでしかなかった。 とうとうその音は目前。 姿が捉えられず、逃げる事も叫ぶ事も出来なくて、 カチカチに固まった自分が、ただ丞鴻の腕を更に強く掴んだのを他人事の様に感じていた。 お腹に感じた衝撃。 手が丞鴻から離れた。 途端に、どっと襲う更なる恐怖。 大きなボールを投げられたのだと思うほど凄い衝撃で、下半身が後ろに持っていかれそうな程。 足がもつれて、自分の体を支えきれず、気がつけば足が地を離れていた。 一瞬の判断で、とにかくぶつけられた物を捕まえようと、丞鴻から離れた手でそれを捕まえた瞬間。 声に出さずに驚いた。 ボールか何かだと思っていたのに、それよりももっと、とても薄くて、手にサラサラした細長い繊維の感触。 そして、がっしりと腰に回された固い感触。 ある考えに思い至るのに時間がかかったが、おそらく、頭に浮かんだ答えで当たっているだろう。 腰から着地した。 痛いが、今気になるのは捕まえたもの。 …というか、折り重なる様に倒れ込んできた小さな存在。 『……桜…?』 『あやな!桜も行くっ。』 『桜……。』 高い声で鈴が鳴るように笑い言う桜に苦笑していると、桜はすぐにお腹の上から体を退かせた。 『ね??』 『うん、もちろん。』 不安そうに伺い聞く声に、にっこり笑うも、こちらは見えないだろう。 こちらから、立ち上がったらしい桜の顔は白いもやで見えなかった。 平たく、ぬるい温度を伝える地面に手をつき立ち上がろうとすると、違う方向から手が差し出された。 『ありがとう。』 視界が悪いせいで、顔は見えなかったが、手の主は丞鴻だと分かる。 お礼を言って立ち上がると、手を離す。 『桜…』 地面に着いた部分を両手ではたいていると隣から、耳によく馴染むが冷めた声が咎めるように桜の名前を呼んだ。 『……ごめんね。あやな。』 小さな声が耳に届いて、桜に見えないと分かっていたが首を振った。 『元気があってよろしい!』 そう言うと、腕がグッと抱きしめられた。 桜が腕を回しだのだと分かると、自然に頬が弛む。 本当に感情表現が豊かな子だ。 私が子供の頃はここまで素直にと言うか、純粋に気持ちを表現する事は無かった。 私は強気なのだが内気な子供で、打ち解けた相手でもなかなか自分の気持ちを伝える事が出来ずにいた。 言ってしまえば、内弁慶の外仏。 我が儘だった節がある。 今は……どうかしら? 自分で気がついた、いけないと思う箇所は直すように注意してきた。 まだまだ探せば見つかりそうだが、こればかりはその時々に注意しようと思う。 きりがないのは、きっともっと良くなれるからだ。 私はそう思っている。 自分の思っている事を言えるようになって来たし、進歩した……と、思いたい。 『桜、手を繋ごう?』 『うん!』 桜が嬉々として手を握ってきた。 本当に、愛らしい。 小さな手が庇護欲を駆り立てる。 丞鴻とも手を繋ごうと思い、隣を向く。 顔は見えないけれど、何となく顔があるだろう場所を見上げた。 『丞鴻、手、繋ごう。』 自分自身で、口調が柔らかいな、とは感じていた。 それはきっと、桜の存在を左手に感じているから。 丞鴻から返事は無かったけれど、腕に触れた私のよりも大きな手が差し出された。 そんな彼の手を感じて少し安心する。 そっと手を彼のと交わる様に乗せれば、しっかり、離れない強さで握り合わさる。 右手には丞鴻。左手には桜。 何だか急に懐かしいような、切ない気持ちがわきおこる。 …精霊……。 おとぎ話だと、実在しないと思っていたもの。 でも、確かに今、両隣にいる精霊。 私は夢を見ているのだろうか? 急に、そんな気がして見えない二人を交互に見比べた。 『どうかしたか?』 『どうしたの??』 『………二人共、見えてるの??』 『あぁ、見えている。』 『……ううん。じょうこうがそう言うから…。』 『ふぅん。……丞鴻は見えるんだ?』 『あぁ。………だが一応こいつも』 『桜、手は離さないようにしようね。』 『うん。』 『………。』 見えていないのに桜は何故私達の居場所が分かったのだろう。 丞鴻が何かいいかけた気がしたが、そっちの方が気になって、その他は耳に入らなかった。 そう言えば、それだけじゃない。 丞鴻はどうやって進む方向が分かっているのだろう? 前後左右、全て白のこの場所で、壁があるわけでもなく、目印すらないのにも関わらず、だ。 『行く方向って、どうやって分かるの?』 『ん?』 『目印があるなら分かるけど、周り真っ白で何も見えないからどうやって進む方向が分かるのかなと思って。』 『進む方向か……前方に光が見えるだろう。それが』 『どこに??』 前方に光が見えなくて、適当に首を動かして違う方向を見ていれば、隣から訂正の声。 『……そっちじゃない。こっちだ。』 繋いでいない方の手が顎を持ち、ぐいっと首が動かされる。 突然動かされたせいで首筋が痛い。 窓から落下したり、襟首を掴んだり、本当に“人”の扱いが雑。 この世界の人はどうか知らないけれど、私なら二階から落ちたりしたら、下手したら死ぬし、 危なっかしい体勢で2階のベランダから下を覗き込んでいたとは言え、 いきなり襟首を掴む必要も無いだろうに……口で言えば分かる頭はあるのだから。 それに、全く知らない人と言うことは無いけれど、 そんな相手に子供の様な扱いをされた場合は誰でもむっとするだろう。 だが、その相手は違う文化に違う価値観、違う考えを持つ、おとぎ話に語られる精霊。 お互いに気持ちよく過ごすために気持ちを察し合いましょうと言うのはお門違いだろうか…?? 違う考えを持つと言っても話せば理解してくれるし、極端に違う事もないのだけれど。 ……理解可能なら、雑な扱いをしないで欲しいと言う私の気持ちも理解して欲しい。……けれど、 それは私の考えを押し付けてしまう事になるかしら?? 一瞬の内にそんな事を考えて、修正された顔の向き、その前方に目を凝らして見るも、やはり、何も、見えない。 『………煙い。』 『煙い?』 『うん。真っ白で先が見えないよ。』 『気分は?』 『自分の体もよく見えないし、丞鴻も桜も見えないし変な…』 『違う。……体調は?不調なら一旦引き返す。』 『ぁ、うん。大丈夫みたい。薬が効いてるみたいで…。』 『そうか。……何も見えないならこの手を離さないように。』 『うん。』 『……………………絶対に。』 『え??』 『…どうした?』 『何か言わなかった?』 『…いいや、何でもない。』 『そう。』 その後は三人共始終無言であるいた。 何も見えない分、繋いだ手の感触だけが妙にリアルに感じられた。 何も見えない為に、綾奈は不思議に思う事も恐怖を煽られる事も無かったが、この道の所々に 落とし穴のごとくポッカリと空いた穴はどこに続いているか分からない暗闇が口を開けていた。 力の無い者には目にすら出来ないそれ。 人間である綾奈が目にすることが出来ないことは予想していた丞鴻だが、 それ以前に彼女だけが、何も確認出来ないほど視界が悪いとは予想外だ。 綾奈の手の存在を自分の手の中に再度確認する。 桜は何故か見えないと嘘をつき、主は何故かそれを不思議に思わない。 仮に、皆が視界が悪いだろう中で、いったいどうやって小さいのは私達を見つけられたと考えるのか…? スルリと綾奈の腕の中から丞鴻の腕が引き抜かれ、逆に腕を引かれて身体がよろける。 『わぁっ…どうしたの??』 『そっちは……桜、もう少しこっちへ。』 『うん。』 桜の元気な返事が聞こえた後、横から桜が体を寄せてきた。 『??…何も見えないし……何かあったの?』 『……大きな穴だ。』 『大きな穴??……って、落とし穴の事?こんな所に??』 『落とし穴??』 『……違うの…?』 『落とし穴とは?』 『えっ知らない??え〜と、地面に穴を掘って、その上に枝とか草とか、 藁とかを敷いて最後に上から土を被せたもの。』 『………人間とは奇妙な事をするな…。』 『ははは。奇妙に感じる?』 『全く。』 『ははは…。』 『それで、その落とし穴とやらは何に使う?』 『あー…落とし穴は…誰かを落とすため、かな?』 『……。』 『それで、落とし穴があるの?ここ。』 『……………まぁ、……そうだ。』 『ぁ、今、面倒くさいと思ったでしょ。もう、ちゃんと説明してよ。』 『…………そろそろ着く。』 『………いいよ、もう。』 『あやな、着くみたいだよー。へへ。』 ウキウキ気分の桜の声に前方を見てみると、確かに、光が見えた。 煙が濃いせいでぼやけて見える。 あれが、先程から丞鴻が言っていた光だろうか?? 体が光に包まれる頃、漸く煙も消えて、久々に両隣を確認する事が出来た。 よくわからない空間から抜け出せてホッとしながら歩き続ける。 桜はスキップし出しそうなくらい嬉しそうで、丞鴻は……よく分からない。 けど、分かるのはもう直ぐ家に着くと言うことだ。 これから起こるだろう説教の嵐の事を考えて、ゴクリと唾をのんでお腹に力を入れる。 家に帰りたい様な、帰りたくないような……。 知らずの内に苦笑が浮かぶ。 《“早めに”帰ってただいまと言おう。》 そう考えて、気持ち早めに歩いた。
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